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あれからさらに3650日が経過した
しばらく私を苛んだ“幸せ”も今は何も感じない
私はヒューマンテラー、役割を果たすだけ
そう思い込むようにサンドイッチを口に運んだ
「…しかし、これが軽食の分類なのはどういうことなのかしら」
目の前に置かれた3段の食器から中段の料理を取り皿へ運ぶ
「完全に料理だし…生活様式の違いって書いてあったけれど」
まだ暖かい料理を口に含む
「私達の生活は人間の生活モデル、でも人間も生活様式の違いがある。もし私達の生活が人間の生活の平均値だとすると、私達と全く同じ生活をしていた人間はいるのかしら…」
最上段の洋菓子を手元に運ぶ
食器で切り分け一口、
「うーん、これだけで軽食でいいと思う…正直イギリス料理自体あまり口に合わなかったから、日本人モデルにイギリスの食品は合わないのかもしれないわ…」
残り僅かな間食の時間でコマンドを開き、ほかの日本人モデルのヒューマンテラーを探す
いつも通りの予定、仕事、生活
もう20年も続けてきた、変わることのない日常
その、はずだった
衝撃
「っ!!」
視界が揺れ、体が勝手に傾き、勢い壁で頭を打つ
目に光のようなものがちかちかして前が見えない
「な、なにこれ、」
目の光のようなものが少しすると勝手になくなった
視界の端に映る窓は相変わらず闇ばかり
「い、行かなきゃ」
額から血が流れるのを抑えながら壁伝いに進む
揺れながら歩いているとようやく、これが自分の異変ではなく船の異変だと認識できた
足元が傾き、まっすぐ立っていることすらままならない
胸のあたりから嫌な感覚が止まらず手先が冷えて足が震えた
自分の中で何かが警鐘を鳴らしている
揺れと頭の傷でいつものように歩けない自分に心の中でずっと「早く早く早く…」と唱えた
制御室
「メインシステム!何が起こっているの!!」
―現在ヒューマンレターの耐久可能値をを超える力を外部より観測しました
「重力?どうして…」
―ブラックホールの影響範囲内に入ったことにより、ヒューマンレターの耐久力を上回る重力が加えられています
「えっ、」
―この船は、間もなく全機能を停止し、消滅します
「な、そんな…?」
ヒューマンレターが消える?
メインシステムの無機質な声にノイズが混ざる
―目的地:最終ブラックホールに到達目標ザ完了、メインシステムタスクを完了しました
「は…?どう、いうこと?」
頭が全く追いつかない
メインシステムのタスク?
「分からない、わからない!ねぇメインシステム!お願いだから全部説明して!!」
―ザメインシステム内プログラムザ、生命反応のある星を探知する宇宙内判別探知装置は、出発後2兆987億836万4千ガ世紀時に全種類の星の反応の消滅を確認しました
―星の消ザ滅により、メインシステム人工知能は目的地を現存する宇宙内物質ニ変更。探知装置は巨大ブラックホ⁻ルに設定ザしまシた
「遥か昔から…もう星はなかった?」
ヒューマンテラーの手記、幾らさかのぼっても書かれることのない窓の外の景色
「メインシステムは、ヒューマンレターはずっと死へ向かって動いていた?」
人間の全知識を持つ人工知能がブラックホールが何か知らないわけがない
「手紙を受け取る相手なんて、私たちの存在意義なんて、もうなかった…」
頬が冷たい
目から感情が静かに流れ落ちて止まらない
「うそ…」
―さイゴのヒューマンテラ⁻、さクら、オ疲レサまでシた、さヨうナラ
「あ、」
待って、私はまだ、
まるでブレーカーが落ちるように
なんの猶予もなく、バチンと視界が暗転した
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