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時が経ち、私は音楽大学へと進んだ。
進路や成績についてあれだけ口を酸っぱくしていた両親も、音楽の道へ進んだことには何も言わなかった。
音楽に関して、立派なものだという偏見があるのだろうか。あるいは、私の事など既に見限ったのだろうか。
どちらにせよ、私は大学に進んで歌手になる道を選んだ。私には他人に自慢できるほどの美しい歌声がある。
当然学科にも励んだが、サークル活動には特に熱心になれた。
理由は単に、歌声を披露する機会が多かったからだ。イベントやライブに混ぜてもらったり、小規模ながら主催をする事もある。
私に足りないのは勉学ではなく、最高の歌声を発揮する舞台だけ。そう思っていた私にはうってつけだ。
ある日、イベント終わりに声をかけてくる人がいた。
同じサークルの先輩、四郎さんだ。
「お疲れー。
ちょっと失礼なことを聞くけど、美六ちゃんって案外、結構な目立ちたがりだったりする?」
「……お、お疲れさまです。
別に、変なことじゃないと思いますけど。歌う人って皆、自分の声が好きなものじゃないですか」
気さくな先輩という印象で、同時に軽い男だとも思っている。
現にこうして返事をしてみても、苦笑いで誤魔化して自分のペースへ持ち込もうと必死になっている。
「まぁ、そうかもしんないけどさ。実際に君の歌声はすごく綺麗だ。あの突然消えた伝説のアーティスト『NanA』の再来って感じ。
別に悪いとかじゃなくて、そうだったらもう少しうまくやらないと駄目かもねって話」
だが彼の話は、無下にできない内容だった。
私は、歌いたい。私の誇れる歌声を、私の思いを伝えたい。
「君がもっと歌いたいって事なら、うまく話をつけられそうな人、何人か知ってるんだよね」
「ほ、本当ですかっ?」
「嘘は言わないよ。詳しい話を聞きたいなら……そうだね、控え室の方で話そっか」
私は迷うことなく返事をして、後をついて歩いた。
これからもっと歌える。もっと私を誇ることができる。
そう思った私の頬は、きっと鬼灯のように赤くなっていたことだろう。
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