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──そこにいたのは獣だった。
控え室に入った瞬間、丸めたシャツかなにかを詰め込まれて口封じをされ、床へと叩き付けられた。
「のこのこ着いてきちゃって……ま、こっちとしては都合がいいんだけどね」
私の愚かさを、私は呪った。私の利益に目が眩んでいて、彼を疑うことをしなかったのだ。
哀れと呼ぶには、あまりにも愚かすぎた。
私は私の情けなさに、抵抗することも忘れていた。
それから暫くの時間は、彼の思うままだった。
欲望のままに皮膚を撫で、舌で伝い、粘膜を玩んだ。何が楽しいのかは理解できないが、彼はとても嬉しそうに笑っていた。
私は、彼を見習うべきだ。
今までのように愚直なままでは、こうして好きにされるだけだ。
彼は己の快楽のために、狡猾に動いたのだ。相手の望みを探り、情動を煽り、巧みに操ってみせた。
気が付くと彼は気が済んだようで、立ち去ろうとしていた。
私がその手をわずかに伸ばすと、都合よく勘違いをして私の口を自由にしてくれた。
「何だ、俺のことが気に入ったのか? それならキスのひとつでもしてみな」
「え、えぇ、とても気に入ったの。
お願い。わ、私に、その口を頂戴」
彼はニヤニヤと笑ってから、私に柔らかな口をくれた。
私が、また満ちていく。
弱かった私が、私じゃなくなっていく。
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