ろくでなし

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それからの事は、はっきりとは覚えていない。 大学を出て、何かのイベントで何かを歌って、どこかの会社についた。 誰だったかも覚えていないが、沢山の人からアドバイスをもらった。 ある人には胸を張りなさい、と教わった。 ある人にはお腹から声を出して、と教わった。 ある人には腕っぷしが大事、と教わった。 ある人には足で回るのが大切、と教わった。 ある人には周りの声に耳をかして、と教わった。 その全てが私を満たしていった。 全てを受け入れた私は、もう小さくて弱かったあの頃の私じゃない。何も言えなかった私じゃない。 そんな私の隣には、いつも同じ人がいた。 役職とかはなんだったか忘れてしまったけれど、名前は覚えている。 今日も何かのイベントが終わったあとに、どこかで声をかけられた。 「美六さん。あなた最近、疲れてないかしら? ちゃんと寝られてる?」 「…………あ、えと、一花(いちか)、さん」 「私はあなたのやりたい事を尊重してあげるけれど……完璧な体調管理まではできないわ。 あなた自身が、ちゃんと強い気持ちでいなきゃダメよ?」 「つよい……きもち」 「そう。あなたは、あなたしかいないの。 だから自分のやりたいことのために、あなた自身を大事にしてあげるの。誰よりも身近な、あなたが」 「わたしが、わたしを」 「そうよ。その心を強く持って──」 私に足りないのは、心。 私を私たらしめる、心。 「…………ちょうだい。わたしに、こころを、ちょうだい」 心は、胸にあった。まだ真っ赤で、びくびくと跳ねている。
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