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第13話
「記憶はもちろん消去するんだろうな?」
ぎろりとした目と吊り上げた眉でこちらを見る天照だが、そんなことで怯むような私ではない。
「死んだ後なら私の好きにさせてもらってもいいよね?」
「……」
有無を言わせぬ笑みと態度で返した私だったが、天照はそんな私に腹が立ったのか、胸の前で腕を組み、また青筋を立てはじめた。
「記憶を消去した上で幸せになってもらっても意味ないよ。私は今の彼女に幸せになってもらいたいんだから」
「今の話……聞かなかったことにしよう」
理解したためか、天照の強張った表情が少し緩むが眉間に皺は寄ったままだ。
「しなくていいよ。禁忌じゃないんだから」
「暗黙の了解というものがあるだろう。敢えて記憶を残す神もいるが、それを公にするのは憚られる行為だ」
転生前に今までの記憶を消去するのは、人間達が神の領域に踏み込まないようにするためだ。かつて、記憶を持ったまま転生を繰り返す第二世界──輪廻の世界があった。
その世界の人間たちは、記憶を維持したまま転生を繰り返し、更なる技術と発展を遂げた。やがて、技術で神という存在を発見し、目の当たりにすると、人々はその存在を恐れて神を殺戮しようと目論んだ。
そして、人間たちは神の領域へと侵略し、神殺しを開始したのだ。
それでも禁忌とされていないのは、記憶を残しておいた方が人類滅亡の危機を回避できることもあるからだ。所謂、転生勇者というものもこれに含まれている。
こうして、天照大御神から渋々といった様子で許可を得た私は、柊木隼人を転生させることになったのだった。
***
やや癖っ毛のある黒髪ロングで目の下に隈をつくる少女が、ぱちりと黒の瞳を覗かせた。
さぁ、目覚めたね?
ようこそ、第三世界──生命力に溢れる世界へ。
危機感の薄かった彼女は、徐々に警戒心を強め現在の状況を必死に把握しているようだった。その様子を見て、私は細く笑む。どうやらこれで合っていたようだ。
私は、彼女の記録を何度も何度も見返した。それはもう穴が空くほどに。そしてわかったことがある。
彼女は誰かを助けて死にたいのであって、個人的な恨みや虐殺されることを望んでいるわけじゃないのだ。
今の彼女に必要なことは、危機感そして頼れる誰か。彼女は人を頼ること甘えることに慣れていないから、そういう状況に追い込まれないとそういったことをしないだろう。
転生場所は国の側にある安全な林にしておいた。闇雲に歩き回っても直ぐに抜けられる場所だし魔物もいないから大丈夫だろう。ただ見回しただけじゃ彼女を囲む木々一本一本が大きいために、森の奥にいるのだと錯覚してしまうに違いない。
異世界に来たならば、やることはわかっているね? ライトノベルを読んでいた君ならきっと教会に来るだろう。
生命力に溢れる世界は、父である予知神が先の未来を覗き、人間の創造物であるライトノベルを参考にして造られた世界である。故に、星の起源は第一世界である自然豊かな世界とそう変わらない。
「うわーーー」
「「「大丈夫か⁉︎」」」
「こっちだ! こっちから声が聞こえたぞ!」
「何があった⁉︎」
う~ん。危機感はもうちょっと欲しいかな?
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