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タイムアップが訪れた私は、ゆっくりとその蒼の世界で帰路につく。
苦しく藻掻いても、何も変わらないと知ったのは、いつだったろうか。
哀しみへの身の浸し方など、もう既に、忘れてしまった。
たくさんの人とすれ違う。
嬉しそうに、悲しそうに、楽しそうに見えたから、真似をしようと頬を動かしたけれど、私の顔は動かない。
いつも通りに罵声轟く家に着いた。
タイミングが悪かったようで、硝子が割れる音がした。
溜息を零す事すらできずに息を潜めて、私は自分の部屋へ上がる。
涙腺に紫煙が沁みてツンと痛む。
無意識のうちに強張った身体が解けることはなく、今日も私は布団の中で罵声と雑言から逃れようとぎゅうと目を瞑ろうとした、刹那。
名を呼ぶ地を這う様な声に、ひゅっと気管が狭くなる。
「流華、こっちに来い」
嫌だ、浮かんだ拒絶に、咄嗟に部屋の鍵をかけた。
確かに私とアイツを隔てるその壁に、ほっと息を零したのも、つかの間。
「まだかー」
鍵の部分からガチャガチャと音がして、血の気が引いた。
体当たりをしてでも中に侵入してこようとする音と振動に、ごくり、と喉が鳴る。
「流華ァ」
あの扉の向こうから聴こえてくるのは、完全にらりっている声。
選んだ逃げ道は、宵闇。
未知の世界を見下ろす。
墨色の湿ったアスファルト。
扉から聴こえてくる音は止め処ない。
幾ばくの余時も無いと判断した私は、偶然持ち帰って来ていた学校の上履きを履いて、窓硝子の隙間から墨色の世界に飛び降りた。
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