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その1
たとえば、満員電車に乗っとるとして。まわりにいる人間が本当にみんな“生きた人間”やと、証明することなんか出来るんやろか?
◆
泰治の様子がおかしい。あ、泰治っていうのはウチの友達な。武部泰治。のっぽでボケーっとしとるけど、めっちゃ良いやつ。
その泰治が、夏休み明けからみょ〜に付き合いが悪くなった。ひょっとして、彼女でも出来たんやろか。
泰治と知らん子が腕組んで歩いてる……そんな光景を頭に思い浮かべると、なんかよう分からんけど嫌な気持ちになる。
「茜子」
顔を上げると、静眞が心配そうに見とった。長い前髪で顔が隠れがちやけど、はっとするほどの美人さんや。身長も高くて、最初はモデルさんかと思ったくらい。
もう何年前になるやろ、静眞がウチの実家に下宿するようなった時はびっくりしたなぁ。こんなシュッとしとる子なんか、初めて見たもん。
「あ、ごめん。ちょっと考え事しとって」
「考え事、ね」
静眞は何か言いよどんで、本に目を戻した。長い睫毛が夕日に当たって、同性のウチでもドキッとする。あれ自前の睫毛やねんで、ちょっとズルいやろ。
九月十日、月曜日の午後四時過ぎ。ウチこと相山茜子と篠峯静眞は、大学近くの喫茶店“アイズ”でお茶してた。“アイズ”はマスターのおっちゃんも気さくで、ウチのお気に入りの店や。
いっちゃん奥のテーブルは静眞が嫌がるから、一個手前の四人席。そこがウチらの定位置やった。
「静眞は、泰治のことなんか知らん?」
「……泰治?」
泰治と聞いて、静眞の目付きが鋭くなる。知らん仲やったら、ビビるんちゃうかな。めっちゃ綺麗な顔してるのに愛想がないのがなぁ。
「武部のことなら、知らない」
「あ、そう」
静眞は泰治のことがあんまり好きとちゃうらしくて、名前を出すだけでも不機嫌になる。ウチにとってはどっちも良い友達やし、仲良くして欲しいんやけど。
前に泰治のことどう思っとんのか聞いたら「悪人ではない、と思う」とか言っとった。人の合う、合わんは無理強いするもんやないけど、もうちょい打ち解けてくれても良いと思うのにな。
「それで」
静眞が本からちょこっと目を上げて、おずおずと聞いてきた。
「武部が、どうかした?」
「ウチの思い過ごしかもしれんけど、最近みょ〜に付き合いが悪い気がして」
「どうせまた、お人好しのお節介焼きしてるんじゃないの」
静眞は吐き捨てるように言った。そんなに刺々しくせんでもええのに。泰治の話となると、すぐこうなる。
「お人好しのお節介て。面倒見が良いって言うたりや」
「本当に面倒見がいい人は、自分が捌ける範囲で人の面倒を見るのよ。誰彼に頼られたら頼られただけ抱え込むみたいなのは、面倒見がいいって言わない」
確かに泰治は色んな人から色んなことを頼まれとる気がする。背は高いけど優しそうな顔しとるから、話しかけやすいんもあるんかな。
ウチは単に人が良いから顔が広いんやとばかり思っとったけど、静眞が言うような見方もあるかも。
「うーん、面倒見ってそんな風に考えるもんとちゃう気もするけど……ぶっ!!」
考え込んだところで、口に運んだ冷めきったコーヒーで思いっきしむせた。咳き込むウチの隣に静眞が来て、背中をさすってくれる。
「大丈夫? 慌てて飲むんだから」
「ちゃうちゃう! あ、あれ! あれ見て!」
口をぱくぱくさせて指差した先、窓の向こうの大学通りを泰治が歩いとった。中学生くらいの、白いワンピースを着た女の子と腕を組んで。
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