物語は前へと進む

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「火よ灯れ。」 ルネッタが杖を振ると、蝋燭に小さな火がついた。 ルネッタの目の前の地面には3つの蝋燭が並べてあり、真ん中の蝋燭だけに火をつけた。 中央だけ火をつけるようにとオズワールからの課題であり、ルネッタは見事クリアする。 そばで見ていたオズワールが小さく「おー。」と感嘆の声をあげた。 「よく調整ができたな。月のカケラが増えたからもっと時間が必要かと思ったんだがな。」 あれから3日がたった。 ポルックスの尽力なのか、思惑なのか、天文台での騒ぎやルネッタたちの存在は公にはならなかった。 代わりにカエサルの傷害事件が新聞の一面を飾り、新聞からは意識が戻っていないが一命をとりとめたことがわかった。 しかしその隙をつくように、カエサルがスフィアにしたことや月のカケラの実験で命を奪われた者がいたこと、さらに隠されていた不正まで暴かれた。 まるで仕組まれていたかのような連鎖に戦争の英雄は地に落ちていく。 同時に今まで一部の者にしか知られていなかった月のカケラの存在が明るみにされ、カエサルと同時に月の魔女の人物画が新聞に何度も取り上げられた。 騒ぎの翌日にはスフィアは目覚め、今は一般の病院に移り入院をしている。 自分の母親がしたことに一度落ち込んでいたが、1日でも早く退院することがまず必要だと心に決め、眠っていて固まった筋肉をもとに戻すために懸命にリハビリに励んでいる。 月の魔女は世間で話題を呼んでいるが、ルネッタの存在までは明かされることはなかった。 月の魔女と月のカケラの存在がここまで注目されているのに、ルネッタまで手が及ばないのは、誰かの情報操作によるものだとわかる者にはわかった。 おかげでルネッタは変わらず授業を受けることができている。 今日はオズワールの特別授業のため、中庭で魔法の特訓を受けていた。 スフィアから月のカケラを取り込んだことにより体内のカケラが4つになったことで、魔力をコントロールするための調整をしていたが、オズワールが思っているよりも早くルネッタは安定した魔法を使えるようになっていた。 「……感覚的には、前よりも魔力がコントロールしやすくなった気がします。実際はあまり調整もしてないんです。」 ルネッタは蝋燭の前にしゃがみ、杖を軽く振って点いた蝋燭の火だけ消した。 褒められていてもルネッタの声色は少し暗かった。 もうすぐ冬が近づくこの季節、肌寒い風が吹き抜け、ルネッタのの髪を揺らした。 4つめの月のカケラを取り込んで以降、ルネッタの髪はもとの栗毛色には戻らず、マリアと同じ白銀のままになった。 さすがに周囲からは奇異な目で見られるようになり、できるだけその目から避けるようルネッタは制服の上からパーカーを着て、深くフードを被るようになった。 魔力の調整があまり必要なかったのも、魔力が安定してきたからだとも言える。 それはルネッタの体が月の魔女に近づいたことを意味しており、素直に喜べるものでもなかった。 ルネッタが望んだこととはいえ、スフィアの体内にあるカケラを取り込んだことによりなった結果であり、スフィアの恋人であるオズワールはかける言葉が見つからない。 ルネッタは珍しく暗い表情をしているオズワールを見て、にこりと笑った。 「大丈夫です。」 ルネッタは立ち上がり、まっすぐオズワールを見つめる。 ガッツポーズのようにオズワールに拳を見せた。 「物にします。」 以前自分がルネッタに言った言葉を、ルネッタは力強く言い放った。 隠していた目の色は眼鏡が壊れてからは新調はせず、碧い瞳のまま過ごしている。 白銀になってしまった髪はフードで隠すことはあっても、髪を染めようとはしなかった。 見た目は月の魔女に一気に近づいてしまったが、以前のように悲観的にとらえることはなかった。 前を向こうとするルネッタにオズワールの顔が綻び、思わず頭を撫でた。 撫でられたルネッタが顔を赤らめたことにオズワールは気が付いていない。 「そうだ……あとでリンフォード……オリーブを俺の部屋に呼んでくれねえか?」 「オリーブですか?」 オズワールがなぜオリーブを呼び出すのかわからずルネッタはキョトンとした顔する。 オズワールは片手を開くと小さな魔法陣を浮かべ、ポンと羊皮紙を出した。 羊皮紙は丸められ、リボンで丁寧に止められている。 「まだ正式じゃねえが……奨学金制度が来年度から制定される。」 「奨学金……?」 「進学したいのに、金がなくて進学ができない奴らを援助する制度だ。実は校長は以前から考えていて、少しずつ進めていたらしい。」 他の国の学校に比べ、カストリア魔法学校は生徒の差別をしない。 学びたい者に学びたいことを学ばせるため、学べる場所と自由を惜しまなく与える学校である。 戦争のため増えた戦災孤児が金銭面で進学を断念していく姿に心を痛めていた校長は、天文台ともやりとりをして制度を進めていた。 誰にも言わないが、その制度が急に施行されることが決まったのは、オズワールがオリーブのことを知り、校長に強く進言したからでもあった。 「学費は国が出す。進学して卒業したあと、就職したら分割で返済する。今後はこういった形になるだそうだ。」 「……予定?」 「まだ詰めないといけねえことがあって決まってない部分が多い。けれど、来年度から施行が決定された事項がある。」 オズワールは羊皮紙を開き”特待生制度”という項目を指さした。 そこには『学校生活において優秀な成績・功績を残し、進学試験にトップで合格、かつ教員免許をもつ教師から推薦された者は、進学に必要な学費は天文台ポラリスが負担し、今後一切の返済義務を負わない。』と記載されていた。 「特待生になりゃあ学費の支払い免除っつーお得な制度だ。オリーブは常に成績は優秀だし、あの年齢で独学でも立派な治癒魔法が使える。十分に特待生を狙える素質がある。それに……俺が推薦する。」 「先生が……?」 オズワールは後頭部をポリポリと掻いた。 そして照れくさそうにボソボソと小声で言った。 「俺も一応……教師だからな。」 聞き取りにくい声でもルネッタは嬉しそうに笑った。 そしてルネッタはオズワールの右手を手に取る。 ポシェットから赤い粉末が入った小瓶を取り出し、粉をオズワールの包帯が巻かれた呪われた右手に振りかけた。 「熱き血潮は海に消え、燃ゆる紅葉は雪に眠る。火鎮(ほしず)めの唄よ、灰より赦しを請え。」 ルネッタが呪文を唱えると赤い魔法陣が浮かび、オズワールの右手に巻かれた包帯と鎖を焼き切った。 右腕が炎に包まれるその光景は、かつて自分にかけられた火の呪いと同じだったが、あの時とは違って痛みも苦しみもなかった。 炎が治まると包帯と鎖は灰となってハラハラと地面に落ち、現れたのはもとの綺麗な右腕だった。 呪いをうけた直後は真っ黒に焼け焦げた腕が、今は火傷ひとつない。 「呪い……といてくれたのか……?」 「ずっと練習してたんです。先生の呪いをどうしてもときたかったから。」 「あれは俺が……」 そう言いかけてオズワールは黙った。 呪いをといただけでなく、ルネッタはスフィアのことも救ってくれた。 自分の諦めた心までも。 その代償にルネッタの見た目が大きく変わったが、ルネッタは変わらない笑顔をオズワールに向けた。 いろんな思いがオズワールにあふれ出し、慣れていない感情に心が震えた。 オズワールはルネッタの前に跪き、ルネッタの右手を自分の唇にあてた。 感謝の意と誠実をこめて。 そして、ルネッタがルネッタ自身として幸せになることを祈って。 青年は人を育てる喜びを知り。 少年は夢への道を見出し始める。 また別の少年は自分の在り方に静かに闇を落とし。 少女はようやく前に進み始めた。 そうして、物語は大きく動き始める。
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