因縁の新任教師

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授業が終わった放課後。 ルネッタは他の生徒にはない特別授業を受けている。 自分に月の魔女が眠っていると知った日から、呪術学と薬学の教師であり、呪術の専門家でもあるテレサ・ネスリーに呪いの手ほどきを受けていた。 呪いの勉強を特別授業という形を設けているのはルネッタ自身のためだった。 5年生のルネッタはまだ授業で呪術学を学んでいなかった。 しかし呪いの始祖である月の魔女の力がルネッタにどう影響するかは不確かであり、ルネッタの意図しないところで誰かに呪いをかけてしまうかもしれない危険があった。 誰かの命を脅かすような事態が起こる前に、また起きても対処できるように呪いの知識や技術を身につけ、ルネッタ自身を守るための校長からの気遣いだった。 ルネッタもそのことを十分に理解した上で、今まで授業を受けてきた。 しかし、授業が始まった当初からの気持ちは変わらず、憂鬱とした面持ちでテレサの個人部屋を目指して歩いていた。 呪いに対して、ルネッタは一度も良い印象を持ったことはなかった。 とくにオズワールに呪いをかけた瞬間が今でも頭から離れず、ルネッタに呪いの恐ろしさを思い知らせた。 さらに最近では月の魔女のことを秘密にしていることで、親友のニーナとの間にすれ違いを感じ、ルネッタの心に気怠さが増す。 (オリーブなら、こんなとき……) 一瞬の脳裏に血のつながらない兄を思い出したが、すぐに頭から消し飛ばす。 鬱屈とした気持ちを抱えたまま、ルネッタは下を向いてとぼとぼと歩いていた。 ふと視界が僅かに暗くなり、ルネッタは人の気配を感じる。 前を向いて歩いていなかったため、誰かとぶつかりそうになっていると瞬時に理解したルネッタは咄嗟に体を後ろに引いた。 「す、すみませ……」 前方不注意であるルネッタが謝りながら顔を上げると、そこにはヨレヨレの白衣を着たオズワールの姿があった。 「……あ……。」 オズワールの黒くて長い前髪の隙間から碧い瞳がしっかりとルネッタを捕える。 ルネッタは自分を襲った相手に本能的に身を強張らせた。 「ああ……リンフォードか……。お前、変わってないな。いや、目の色が変わったんだっけ?」 僅かに笑みを浮かべ、じりじりとオズワールはルネッタに近づいていく。 ルネッタは震えながら逃げるように一歩二歩と後ろに下がった。 「それで? あれから何か進展はあったか?」 「し……進展……?」 「月の魔女のことで何かわかったことがあるだろ?」 「え……?」 ただ怖がるだけのルネッタにオズワールは一度間の抜けた顔を見せた。 そしてある結論に至るとうっすらと怒りの感情を顔に帯びさせる。 「お前もしかして、月の魔女について何も探ってねえのか……?」 「えっと……。」 ルネッタの怖がる表情の中に図星だというように目が泳いだのをオズワールは見逃さなかった。 オズワールはルネッタの顔の右横ギリギリに拳を振りかざした。 オズワールの拳が壁を殴り、打撃音を立てたことで、ルネッタの体は小さく跳ね上がり、そしていつの間にか壁まで追い詰められていたことに気づく。 「お前……自分のことだろ? なんで知ろうとしてねえんだよ! なんとかしようとは思わねえのか?」 「そ、それは……。」 「また()が助けてくれるとでも思ってんのか? それともお前のお兄ちゃんか? 誰かが助けてくれると、甘えてんのか?」 オズワールの言葉はルネッタの心臓を射抜くようにまっすぐに突き刺さった。 心がズキズキと疼く痛みで何も言い返せないルネッタは口だけでなく全身も動かせなくなった。 そんなルネッタを見たオズワールは次第に怒りから悲しみの感情を瞳に宿らせた。 まるで行き場のない憤りを自分の中に必死に押さえつけているようだった。 「なんで……お前なんかのために……あいつが……。」 オズワールの右手がゆらりと動き、ルネッタの顔を覆うように近づける。 目の前に包帯が巻かれた手が視界いっぱいにうつり、シャラリと鎖が音を立てた。 瞬間緑の閃光がルネッタの目の前で光り、バチバチと電気が走るような音がした。 ルネッタは眩しさで顔を反らした。 ゆっくりと目を開けると、自分とオズワールの間には緑色に光る魔法陣が現れていた。 校長の守護魔法が発動し、魔法陣がルネッタを守るようにオズワールの前に立ちはだかる。 魔法の音で驚いた鎌鼬のクリスピーがルネッタの腰にあるポシェットから飛び出し、ルネッタの服を伝って肩に乗った。 目の前にいるオズワールを敵だと思ったクリスピーがシャーッとオズワールに威嚇をする。 ルネッタに触れようとしていたオズワールの右手から僅かな煙が立ち上がり、オズワールは痛みに耐えていた。 「生徒に危害を加えないよう忠告したはずですよ?」 女性にしては声が低い、けれども落ち着きのある声が現れ、ルネッタとオズワールは声の主の方へ目を向けた。 そこにはブロンドの髪をハーフアップにまとめた美女が、うっすらと冷たく微笑んでいた。 「……テレサ先生……。」 ルネッタが女性の姿を見ると、ルネッタの顔が安心したように女性の名前を呼んだ。 テレサは表情を変えないまま、オズワールとルネッタの間に立ち、ルネッタに背を向ける。 まるでルネッタを守るかのようにオズワールと向き合うテレサに、オズワールは既視感を感じていた。 「なんだか、前にもこんなことありましたね。」 そう言ったテレサに、オズワールは心を読まれたような気味悪さにゴクリと唾を飲んだ。 ただあの時と違うのはテレサの手には杖が握られおり、珍しく笑みを浮かべるその表情からはオズワールに対しての敵意がはっきりとあったことだった。
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