因縁の新任教師

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「砂糖2つにミルク多め。」 テレサの私室には3つの紅茶が用意されていた。 テレサとルネッタとオズワールの前にはテレサお手製の紅茶が行きわたり、ふんわりと良い香りが部屋を優しく包み込んでいた。 テレサが合言葉を言って杖を降ると戸棚からふよふよと浮かびながら出てきたチョコレートがルネッタの前にある小皿に2粒上品に並んだ。 同じようにテレサの目の前にもチョコレートが並び、テレサは紅茶をひとくち飲んだ。 ルネッタは一度テレサの顔を伺うとテレサが何も言わずに頷き返し、反応を見たルネッタもテレサからもらった紅茶をゆっくりと味わった。 その様子を少し離れたところでオズワールは見ていた。 オズワールのもとには待てどもチョコレートは来なかった。 オズワールはルネッタの傍でテレサからもらった木の実をおいしそうに食べるクリスピーを見て、黙ったままわざと音をたてて紅茶を啜った。 「……さて。」 カチャンと僅かな音をたててテレサがカップをソーサーに置くと、オズワールに向かって声をかけた。 「先ほどのあれは何ですか?」 「……守護魔法がかかっていたなんて知らなかったもので。」 「以前あなたがルネッタさんにしたことを考えれば当然のことです。それを抜きにしてもあれは教師にふさわしくない行動だと思いますが。」 「俺はただリンフォードと話してただけですよ。」 「女子生徒を壁に追い詰めて、ですか? 誤解をうみますよ?」 「俺がリンフォードに迫ったと!? あはは、そんなことありえねえ……」 「笑い事ではないんですが。」 笑うオズワールにテレサは冷たく微笑んだ。 表情は崩さずとも自分に対して怒りを抱いていると察したオズワールは、気を紛らわすために再び紅茶を飲んだ。 淹れたての紅茶は先程まで温かかったのに、オズワールの紅茶だけ一瞬にして歯に染みるほど冷たい紅茶に変わっていた。 驚いたオズワールは咳き込み、口からでた紅茶を手で拭う。 「す、すみませんね……教師なんてなろうと思ってなかったもんで。」 「ですがあなたは天文台をクビになり、今はカストリア魔法学校の教師ですよね? そんな言い訳通用すると思いますか?」 教師の自覚はないとはいえ、生徒の前で叱られていることには羞恥心があり、オズワールは気まずそうに頭を掻いた。 オズワールは以前天文台に従事していたが、天文台の命を背き、天文台が管理をしていた月のカケラを盗んでルネッタの体に取り込ませた。 さらに小焔(シャオエン)に対しての魔法による攻撃も加わり、一時は天文台に拘束されていたが、校長の計らいにより、天文台を解雇されただけに留まった。 処罰を大幅に免除をした代わりに、校長はオズワールをしばらく監察下に置くよう言い渡され、それからオズワールに教師として働くように校長は命じた。 もちろんオズワールは教師に戻る気はまったくなかったが、自分の生活のためにも大人しく受け入れた。 すでにオズワールにとって教師という仕事は自分の仕事になっており、給料をもらっている以上、その役目を全うしていないと𠮟責を受けることは少なからずオズワールを惨めな思いにさせた。 「……すみませんでした。以後気を付けます。」 オズワールはルネッタに頭を下げ、それからテレサにも頭を下げた。 非を認め、自分に謝るオズワールの姿にルネッタは罪悪感を覚える。 オズワールの行動は間違っていたかもしれないが、言っていたことは正しいとルネッタも痛いほどわかっていた。 「……こ、怖いんです。」 か細く、ぽそりと言われた声に、オズワールは頭を上げルネッタを見た。 ルネッタは下を向いたまま、絞り出すように言葉を紡いだ。 「も……もし、私の中にいる……あの人が……生きていた時に誰かを傷つけていたり、何か罪を犯しているような……そんな危険な人だったらと思うと……。そんな人が私の中に眠って、時々私の体を使っているのかと考えたら……知るのが怖いんです。」 「なんでそんな風に思うのかな?」 「……オズワール先生が呪いで人を殺したって……。」 テレサは再び冷たい笑みをオズワールに向けた。 「またお前か」と言わんばかりのその顔にオズワールはわずかに肩を震わせた。 「それに……あの人のことを知っているらしい人に会ったんです。」 「どこで? どんな人?」 「……オークションで……私を買おうとしました。」 ルネッタは自分自身を抱き締めるように、自分の両腕をさすった。 ルネッタに過去の幻覚を見せた男を思い出すと、体が震えた。 「その男の人は自分を”オルカ”と言って、私のことを”マリア”と呼んでいました。それにその人は……顔が……顔だけじゃなくて体も……腐ってました。ぼろぼろに、腐っていってたんです。これは……月の魔女の呪いのせいだって言ってました。」 人の顔が崩れていくという衝撃的な光景を思い出すと、ルネッタはうまく言葉がでなかった。 たどたどしく言い終わったあと、テレサは「何か心当たりはあるか?」と意を込めてオズワールに視線を送った。 オズワールは黙って首を降った。 オズワールは再びルネッタに視線を戻した。 身体をこれ以上ないくらい小さく竦め、下を向き、わずかに震えていた。 怯えるルネッタの姿はまるで天敵に恐れて動けなくなっている小動物のようにオズワールには見えた。 しかし、その惨めな姿が余計にオズワールを腹立たせた。 「下を向くな!」 オズワールの怒鳴り声にルネッタは驚き、オズワールの顔を見た。 オズワールはズカズカと感情的に歩き、ルネッタの目の前に立った。 怒鳴り声に反応し、自分の主をいじめていると思ったクリスピーは再び威嚇の鳴き声をあげる。 今にも襲い掛かりそうなクリスピーにオズワールは気にせず続けた。 「いつまでもうじうじと俯いて、怖い怖いと言い訳しても、何も変わんねえんだよ! そうやって現実から目を背けている間に、また()が助けてくれると思ってんのか? それで李に何かあったら、お前はきっと自分のせいだと後悔すんだろ? けどな、それじゃもう遅いんだよ!」 オズワールの力強い言葉が、ルネッタの心を何度も打ちつけ、そして傷つけた。 一言一句がルネッタの心に痛みを伴い、体中に共鳴するように響いていく。 「いいのか? お前のために誰かが傷ついても、お前は守られたままでいいのか? 失った後じゃ……もう戻らないものもあんだよ……。」 オズワールは固く拳を作り、その拳がわずかに震えていることにルネッタは気が付いた。 そして、ルネッタは今までのことを思い返した。 今まで何度も自分を助け、その度に小焔の傷つく姿を見た。 自分自身に呪いをかけたとき、小焔にも呪いがうつってしまい、危険に晒してしまったことが実際にあった。 もし、あの時呪いをとくことができなかったら、小焔の命を奪っていた。 小焔だけでなく、オリーブやニーナやフィン……今まで自分に優しくしてくれた人を想像した。 彼らが、自分のせいで消えてしまい、もう戻らない未来を想像した。 「いやです……。」 自然と目の奥が熱くなり、気が付けばルネッタの目からぽろぽろと涙がこぼれていた。 「嫌です……っ!」 その泣き顔はルネッタの年齢の割には幼すぎる泣き顔だった。 その顔を見たテレサは、わずかに目を大きくする。 「……だったら、まずは知ろうとしろ。そして考えろ。特別授業と同じだよ。知れば対策もたてられるし、制御できる方法も見つかるきっかけになる。誰かを守る力にもなる。」 オズワールは体を屈ませ、しっかりと目線を合わせた。 「……逃げるな。」 ルネッタは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、オズワールの言葉に頷いた。 そしてルネッタもまた、オズワールにしっかりと視線を合わせていた。 その目は、もう下を向いていなかった。 *** 「……驚きました。」 ルネッタは泣いた顔を洗うために一度テレサの私室を退出した。 もう用件がないと思ったオズワールも退出しようと立ち上がったところを、テレサは引き留めた。 「ちゃんと教師だったんですね。」 「……突然何を言ってるんですか?」 自分でも自覚していないことを感心したかのように言われ、オズワールは苦笑いをする。 からかっているのかとテレサの顔を見ると、オズワールが思っていたものとは全く違う表情をしていた。 「あんな風に泣く彼女を初めて見ました。今まで泣いているところは見たことはありましたが、いつもどこか怯えていて、遠慮していて……流す涙も、抑えきれなくてこぼれてしまったという印象でした。」 テレサが一番印象に残っているのは、ルネッタがオリーブに裏切られたときだった。 力なくほとほとと涙を流すルネッタの泣き顔は生気を感じられず、空っぽの抜け殻のようにテレサには見えた。 「……たぶん、幼い頃の環境が影響しているのかも。」 小さな声でぽそりとテレサは言った後、テレサはオズワールの顔を見た。 また何か言われるのではないかとオズワールは軽く身構える。 「でも今日の彼女は、思い切り泣いてました。子供みたいに。」 わんわんと大粒の涙を流すルネッタは、泣くことを我慢してるように見えず、感情を爆発させたような泣き方だった。 そんなルネッタを離さず、しっかりと諭すオズワールの姿を思い出し、テレサは優しく笑った。 美人なテレサの柔らかな微笑みを始めて見たオズワールは、思わず胸が高鳴った。 「ただ叱ることなら誰でもできます。けど……子供ながらに抱え込む闇を見抜き、正しく導くのは、教師であっても難しい。ですが、あなたは今、それができていたと思います。」 先ほどまで自分に敵意をもっていたテレサがまさか自分を褒めるとはオズワールは思っていなかった。 尚且つ、それが教師としての自分を褒めてくれたと驚いたオズワールは、収拾しきれない事態に頭が痒くなり、ぼりぼりと掻いた。 「たしか、ルネッタさんの特別授業をやる予定なんですよね?」 「まあ……リンフォード次第ですけど。」 「私も、あなたの授業を受けさせることは彼女にとってプラスになると思います。期待しています……オズワール先生。」 先生と強調されて呼ばれたことにオズワールは少し恥ずかしく、テレサに対して何も言わずぺこりと頭を下げるのが精一杯だった。
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