夢と引き換えにした絆

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夢と引き換えにした絆

今から13年前、魔法が存在するホーライ大陸で過去最大の戦争が終結した。 戦争は多くの子供たちから家族を奪い、世界中で戦災孤児が急増し、戦後しばらくたっても飢えや病気で多くの幼い命が失われていった。 アストイア国の最高機関である天文台・ポラリスは増えすぎた孤児たちを救うため、各地に存在する教会に孤児院を併設し、神父や修道女たちに孤児を保護するよう呼びかけた。 とある田舎町に存在するリンフォード孤児院もその1つであった。 もとは教会だけだった敷地内に孤児院のためのこじんまりとした一軒家を建て、敷地全体を灰色の塀で覆った。 孤独な子供に大人が手を差し伸べ、温かい食事と居場所を与える。 子供たちが健やかに過ごし、大人たちが見守り、正しい道へと導く。 子供たちは手を取り合い、笑顔で豊かな生活を送る。 ここリンフォード孤児院では、どこの孤児院があたりまえとしている子供たちの生活が、すべて幻となっていた。 痩せ細った子供たちは十分に食事を与えてもらえず、服はいつも煤だらけだった。 暑い夏は汗を舐め、寒い冬は身を寄せ合って命をつなぐ。 大人の言いつけを守らなければ暴言と体罰が容赦なく小さな体にぶつけられた。 聡い子供はいつしか身の振り方を身につけ、愚図な子供をだしにして難を逃れようとする。 日々の中で命の篩からこぼれ落ちた子供たちは眠ったまま目覚めない者もいた。 田舎町には不釣合いな高いコンクリートに囲まれた塀の中では、子供たちの叫び声が隠され、誰にも気がつかれないまま小さな命が消えていった。 そんな過酷な環境で懸命に生きる少年がいた。 彼は4歳の時から孤児院にいて、そこでは(エイト)と呼ばれていた。 リンフォード孤児院では子供たちに名前はなかった。 戦争で身元がわからず、新たな名前を与えなかった大人たちは子供たちに首輪をつけ、首輪についたタグの番号で呼んでいた。 首輪はリンフォード孤児院のであると示しているようで、孤児院の外では首輪のつけた子供を見ると、町の者は目を伏せ、関わらないようにしていた。 少年が孤児院で最年長になったある日、大人たちの目を盗み、立入禁止の書斎室から自分の存在を知ることになる。 8の番号が書かれたその箱の中身には自分の本当の名前と、自分の本当の両親のことが記されていた。 彼の両親は戦死してすでにこの世を去っていたが、生前は戦場に赴き、傷ついた兵士を助けるため医師として活躍していた。 彼はその事実を自分の名前と共に胸の内にしまい込み、やがて夢を含まらせる。 自分もいつか、両親のような医師になりたいと。 *** その後彼はカストリア魔法学校に入学できる年になり、孤児院をでて学校の寮で暮らし始める。 自由を得た彼は本来の名前を取り戻し、夢のために必死に努力を重ねる。 しかし彼に待っていたのは容赦のない現実だった。 アストイア国では魔法使い育成にあたり、10歳で入学し、1年生から7年生までは皆平等にカストリア魔法学校で学ぶことを義務付けられている。 その先は進学か就職か分かれ、進学すれば18歳から22歳までは自分の将来のため専門分野を選び、学ぶことができる。 より魔法使いとして磨きをかけるため進学をするか、社会にでて就職するかは17歳である7年生を修了した時点で多くの学生が人生を選択していた。 医師を目指す彼には進学し技術を身につけることは必要不可欠だった。 しかし、進学には莫大な学費が必要であった。 家族がいない彼には日々を生きるためだけの蓄えしかなく、どうしようもない現実に絶望するしかなかった。 彼の夢は無情な現実によって打ち破られた。 *** 金銭的に援助を受けられない彼は卒業後に備え、少しでも貯蓄をしようと考えるようになる。 学校の教師に相談し、紹介で天文台の清掃員としてアルバイトの仕事をすることになった。 学校が休みの土日は、床や窓や壁の掃除をする日々を送る。 ある日、彼の素性を知った人物が彼にある話を持ち掛ける。 「同じ孤児院で育ったある魔女を監視してほしい。方法は任せる。彼女に近づき、見張り、逐一私に報告しなさい。」 男が指定した監視対象は彼が妹のように可愛がっていた少女だった。 彼にとって容易な仕事の上、アルバイト代の何倍もの報酬を支払うと言われたが、彼と少女との絆が彼を惑わせた。 「何か望みはあるか? 私にできることなら最大限に叶えることも可能だ。」 その言葉を聞いて、彼は男の仕事を引き受けた。 妹との絆を引き換えに、彼は男に言った。 「俺は、医者になりたいです。進学し、学校に通わせてください。」 オリーブ・リンフォードは兄のふりをして、妹であるルネッタ・リンフォードを監視し続けた。 ルネッタの中に潜む魔女の存在を隠しながら。
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