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「ただいま」
「おかえり」
おかんが昼の仕事から帰ってきた。
「あー、もうかなわんわ。新しい所長さん、ポンコツもええとこ」
帰ってきて二ターン目の言葉が愚痴か。
言いながらオカンは、十月だというのに汗でボトボトになったTシャツと下着を洗濯カゴに投げ入れて、皮膚をこそぎ落とさんばかりに汗拭きシートで全身を擦った。
「前に言うてた四十歳の新入社員?」
俺はオカンが夜の仕事への出勤する前に飲むかもしれないと、冷蔵庫から冷えたほうじ茶を用意した。
「なんやええ大学行ってるか知らんけど、んー、まっ!」
最後の言葉はオカンが口紅を塗り終えて、クチビルを開閉した時に出た声だ。
「いや、オカン。俺にはええ大学出たら、ええ仕事に就けるって言うてたやん」
「ええか。仕事は要領や。頭がええだけではアカン」
洗面所の次は姿見の前。おかんはバタバタと移動した。
「仕事は要領って言うなら、それを身につけるために、俺、バイトしたいねんけど」
ストッキングを履くために片足を上げていたオカンはその無理な体勢のままこっちへ振り返った。
「アカン! そんなもん!」
無理な体勢のまま振り返ったオカンはバランスを崩し、上げた片足をドンと落とした。
歌舞伎の決めポーズみたいだなと思った。
「アンタはちゃんと高校生しぃ!」
「なんなん? 高校生するって?」
さっきまで歌舞伎だったオカンは、小綺麗でタイトなワンピースに着替えて現れた。化粧は濃い目に仕上がっていた。
「ほな、お母さん行ってくるから。あとよろしく頼むで」
あら早い。オカンが飲まなかったほうじ茶が、そのカップ表面に汗をかく間もなかった。
「オカン、晩飯置いとくな」
オカンは振り向かず、右手で閉じたピースを作りチャッと振り、そのまま出て行った。
「なんのヒーロー映画のラストやねん」
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