オカンがオカンでいる時間

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「ただいまー」 「おかえりー」  今日は、やりかけの宿題がいいところだったので、俺はオカンの方も見ずに声だけかけた。 「なんや、あんた勉強してんのかいな」 「なんやってなんや。宿題や。いつもしてるっちゅうねん」  相変わらず汗だくの体を汗拭きシートで拭きに拭きまくってから、姿見に移動する途中で宿題する俺の方を見て足を止めた。 「あんた、そんなに勉強ばっかりしてたら、ハゲんで」 「どういうことやねん」  俺は思わず宿題を中断し、顔を上げた。 「ハゲんで、お父さんみたいに」 「オトンはハゲてなかったやん。全然」  俺はリビングのサイドチェストの上にあるオトンの写真に目をやった。  亡くなったのは30歳半ば。その少し前の写真だ。 「いや、お父さんはあのままやったらハゲてた。本ばっかり読んでたもん」 「いや、実際はハゲてないし。それ、オカンの予感やん」  俺がそう言った途端、オカンは悲しそうな顔をした。  俺は、しまった、オトンの話はオカンにはまだツライんかも、と自分の発言を後悔した。 「あんた、『オカンの予感』ってダジャレ? しょーもな」 「あ、しょーもなさに悲しい顔?」  オカンは姿見の前に移動する前に、洗面所に戻り顔を洗った。  やっぱ泣いてたやん、と俺は胸にチクリとしたものを感じた。 「あ、そうや。進路決めたで」 「あ、そうなん? じゃあ、どうしよう」 「時間ある時に言うわ」 「まあ心配してないわ。あんたはしっかりしてるもんな。お父さんと一緒や」  オカン。俺は胸にグッとこみ上げるものを感じた。 「お父さんと一緒や。絶対ハゲるわ」  胸にこみ上げたものがスッと消えたのがわかった。  俺の『グッと』を返せと思った。  オトンの写真がかすかに傾いた気がした。
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