僕とバイクとユーレイの君

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 その時、山羽が動いた。僕たちに気が付いていない様子のおかめさんの元へ行き、 「おかめさん」 と声をかける。名前を呼ばれたおかめさんが、ハッとしたように振り向いた。 「山羽さん」  おかめさんは驚いた様子で山羽の姿を見た後、僕たちの方に目を向けた。最初に僕、そして川瀬さんの顔を見て、おかめさんの目が見開かれた。 「あ、ああ……」  おかめさんは口元に手を当てると、呆然とした様子で声を上げた。 「その痣……私の、赤ちゃん」 「やっぱりそうなの?」  山羽がおかめさんの顔を覗き込むと、おかめさんは、こくりと頷いた。 「間違えようがない……私には分かります」  おかめさんは川瀬さんの元に近づいた。自分より背の高い川瀬さんの顔を、涙の浮かんだ瞳で見つめている。  けれど、川瀬さんは目の前におかめさんがいることに気が付いていない。僕の方を向くと、 「兄ちゃん。さっき、風呂で、お亀池の伝説の話をしただろう?実はあの話に異説があるんだ。これは俺の家にだけ伝わっているみたいなんだが……」 と、話し出した。 「異説?」 「そうだ。毎晩池に行っていたのは実はお亀じゃない。旦那の方だったんだ。お亀は、夜に出かけていく旦那を不思議に思い、赤子を抱いて、後を付けた。すると、この池で、旦那が女と逢引きをしているところを見つけたんだ。お亀はショックを受けて、旦那に詰め寄った。『私を裏切って浮気をしていたのか。許せない』とね。すると、旦那は逆切れして、お亀を池に突き落としてしまったんだ。お亀は咄嗟に赤子を地面に放り投げた。赤子が大声をあげて泣き出したので、旦那は慌てて赤子を拾い、その場から逃げ出したんだ。お亀池の主はそんなお亀を憐れんで、大蛇の姿に変身させ、旦那への復讐を遂げさせたと言われている」 「えっ……」  お亀池の伝承とは真逆の話を聞き、僕は目を丸くした。そして、僕の視線は、自然とおかめさんの方へ向けられた。おかめさんは川瀬さんの話を聞いて、青ざめた顔をしている。 「そう……でした。私は、主人に殺されました。恨みに思って主人を殺した後も成仏出来ず、そのまま何百年もこの場に留まっていたのです。けれど、時が経つにつれて、そんな記憶も薄れていきました…………」  僕たちの間に沈黙が落ちた。  何も言えなくなっている僕を見て、川瀬さんは苦笑した。 「そんな話があるもんだから、俺は兄ちゃんが幽霊を見たんじゃないかと思ったってわけだ」  夕日が、今にも沈もうとしている。空が上の方から藍色に染まっていく。 「逢魔が時だわ……」  山羽がぽつりとつぶやいた。
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