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ガラス扉を開けて外に出ると、秋の空気が体を冷やした。急いで湯に浸かる。
(ええと、さっきの人は……)
岩で囲われた露天風呂の中を、ぐるりと見回すと、奥の方で、岩に背をもたれかけている男性を見つけた。頭にタオルがのせられていて、いかにもな温泉スタイルだ。
僕はさり気ない様子で近づくと、
「先程はありがとうございました」
と声をかけた。
「ああ、さっきの兄ちゃんか。ご丁寧にどうも」
人好きのする笑顔を浮かべた男性に、
「ここいいですか?」
と尋ねる。
「ああ、いいよ」
僕は男性の横に体を沈めた。温泉水は少しとろみがあり、肌に優しく纏わりつく。温度はぬるめだった。
さて、どうやって話を切り出そうかと考えていると、男性の方から、
「兄ちゃんはバイクで来たのかい?」
と問いかけられた。
「そうです。よく分かりましたね」
「今日は駐車場にたくさんバイクが停まってたからな。実は俺も今日、乗って来たんだ」
「へえ~!何に乗ってるんですか?」
「BMWだよ。『R1250RT』」
「うわ。めっちゃいいバイクじゃないですか」
BMWは言わずもがな、ドイツの高級自動車メーカーで、バイクも生産している。映画『ミッション:インポッシブル』の中では、トム・クルーズが容赦なくぶっ壊すバイクのメーカーでもある。
(高いバイク乗ってるなぁ。すごい)
300万円近くするバイクなんて、僕には手が届かない高根の花だ。
「曽爾高原にも行って来たのかい?」
「行きました。あっちも今日は人が多かったですね」
「感染症がまだ流行っているとはいえ、観光にはいい季節だからなぁ。みんな、家に籠っていると鬱屈が溜まるから、遊びに出てるんだろう」
「ススキが綺麗でした。特に、お亀池のあたり」
さりげなくお亀池の話を出すと、男性は、
「ああ、あの池か」
とつぶやいた。そして、
「兄ちゃん、お亀池に伝説があるのは知ってるか?」
と尋ねられた。
「伝説?知りません」
素直に答えると、男性はおもむろに話し出した。
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