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一.
五分間だけ、シートベルトを外して船内を漂う無重力体験の許可が降りた。
「うぅーん、なんだろうな、このそこはかとない居心地の悪さは」
眉間に皺を寄せながらつぶやいた女は、隣で空中を浮遊している男を押しのけた慣性力で自分の座席へと戻り、早々にベルトで体を固定した。
「あれ、遊佐木先生はこういうの楽しまない方ですか?面白いじゃないですか、先生の髪も超乱れまくっちゃってるし」
押しのけられた男が、ゆったりと回転しながら狭い船内の壁にぶつかって跳ね返り、遊佐木の方へと漂ってきたため、遊佐木は再びそれを強めに突き飛ばす。
「徹君、君はそうやってさりげなく私の体に触れようとしてきてるんじゃないのか?」
「いや、何言ってるんですか。こんな状況でそんなことを都合良くできるわけ……っと、あぁ、もう終わりですか」
壁に激突しそうになった徹の背を添乗員がつかんで引き止め、自分の握る手すりに引き寄せて微笑んだ。
マイクロバス程度の広さしか無い船内は、中央に細い通路がありその左右に一席ずつ五列の座席が備わっており、その先頭座席の右側に座る遊佐木が、隣の席に戻ってベルトを締めた徹を軽く一瞥しながら、
「別に物理学的に想像できる範囲のことがいくら起ころうが驚きもしないし大して楽しめもしないよ」
と乱れた長い黒髪を整えてゴムでまとめた。
「でも実際体験してみると、思ってたのと違うこととかあるじゃないですか」
「例えばお前が、仕事で来ているのにさりげなく私の体に興味を示していることとかか?」
「だから違いますって!っていうかそうですよ、仕事でしたよ。世界初の訓練無しで搭乗可能な民間宇宙旅行事業に用いる、先生が開発した先端高次操縦制御AIを搭載したこの宇宙船の最終テスト飛行に、開発者自ら搭乗して乗り心地を確かめに来てるんですよ。だから、どうですか?乗り心地の方は」
「乗り心地ねぇ……。そんなことよりさっき出て来た宇宙食が酷過ぎた方が問題じゃないのか?なんで私はわざわざ宇宙に来てまでパック入りの梅茶漬けみたいなものを食わされたんだ?そういうのは本格的に宇宙で働いている者たちが地球を懐かしんで食いたくなるものであって、こっちはただの旅行なんだ。もっと映えのいい、タコ型宇宙人の姿焼きとか、グレイ型宇宙人の姿焼きとか、そういうアトラクショナリーなゲテモノが色々あるじゃないか」
「姿焼きばっかりじゃないですか。ゲテモノって言っちゃってるし」
「外観は残してくれないと何食ってるのかわからないからな」
「気持ち悪くて食べられませんよ」
「そうか?あぁ、まぁ確かに、こんな無重力空間で姿焼きなんて食ったら、モツ的なものが船中に舞い散ってしまってちょっと鬱陶しいか」
「そういう問題じゃないですけどそういう問題も相当深刻ですね」
こんなやり取りはもはや日常的なものなのか、事も無げに返事をしながら徹が船内前方の小さな時計を見る。
宇宙空間を漂うのは三十分だけであり、既にその半分が経過していた。
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