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三.
「……例えば?」
見回した狭い船内に、逃げ場も彼らを隔離するスペースも無いと諦めた遊佐木が、大きなため息混じりに尋ねる。
「はい。まず、宇宙というのはこのようにずっと夜なのでしょうか?地球は太陽一つであんなに明るく眩しい昼があるので、星がいっぱいの宇宙はさぞかし光に溢れて輝いているのだと思っていたのですが」
「地球に昼と夜があるのは空気があるからだ。太陽の光が地球の空気の層に当たって乱反射して輝いている、それが昼だ。そして自転と言って地球が回転しているせいで太陽の当たる面がずれて行くから、地表に立ち止まっている者には、太陽が東から上って西へと沈み、昼が夜に移り変わっていくように見えるんだよ」
遊佐木の端的な説明に一瞬きょとんと顔を見合わせた後席の二人だったが、
「なるほど、科学的にはそういう話なのか」
「ということは、えぇと、扉が開く逢魔が時は地球にしか存在しないのかな、宇宙には無いのかな」
などとささやき合い始めたのを、
「扉が開く逢魔が時?お前ら、この際もうあやかしなのは構わんが、今はせめて人間の言葉を喋れよな」
少し苛ついた遊佐木の声が遮った。
「えぇ?あぁ、いや、すみません。『扉』というのは、我々が普段住んでいる世界とあなた方の世界を繋ぐ出入り口のことでして、その『扉』が開くのが、我々の世界でもあなた方の世界でも同時に昼から夜へと移り変わる、またはその逆の時の、ほんの僅かな瞬間で、その瞬間のことを逢魔が時と呼んでいるのですが……そもそもはあなた方が名付けたものだと聞いていたんですが」
「はぁ?知らんな」
「ちょっと、先生、なんでそんな高圧的なんですか。あ、いいから、気にせずそのまま続けて」
「はぁ……」
と、彼らはまた顔を見合わせながらも、
「でもさぁ、となると……」
「あぁ。宇宙が永遠に夜だとすれば、もしかして地球の昼間に向かう途中にも扉が開くのかも知れないね」
「行きは緊張と興奮もあったし、そんなの思い付きもしなかったけど」
「あの、どうでしょうか」
「知るか」
同時に遊佐木に顔を向けた二人だったが、再びの遊佐木の苛つき声にびくっと体を震わせて固まった。
「だからなんでそんな高圧的なんですか。えぇと今のは、脈絡も説明も無い突然で非科学的な質問に対して曖昧に答えるのは科学者としての信条に反する、という意味ですよ」
「謎のフォローなど入れなくていい。……あぁ、そうだ、では私の方から特別に一つお教え致そうか。お前らのその逢魔が時だの扉がどうだのとか言う話以前にだな、宇宙というのは出るよりも戻る方が難しいんだ。空気抵抗の無い宇宙では加速すれば際限無く速度が上がり、我々の乗っているこの船も現在地球に対しておおよそ時速二万キロとかの相対速度で動いている。そして空気の層である大気圏というのは、宇宙からするとかなり厚く弾力のあるクッションのようなものでね。侵入する角度を間違えれば弾き飛ばされてしまうし、無事に突入できたとしても、時速二万キロなんていう超高速で入れば船の先端が空気を圧縮してしまい、時には一万度を超える超高温を発生させてしまう。それは直径二十や三十メートル程度の隕石でも燃え尽きてしまう程の温度でね。もしもこの船の機体にわずかでも不備があれば、その逢魔が時の扉など見ることもできぬうちに、お前らも含めてこの場にいる全員が瞬時に蒸発して消滅してしまうんだよ。あはは、さて、我々は無事に地球に辿り着けるのかなぁ」
「だからなんでわざわざ脅かすんですか。全然大丈夫ですよ、この船は世界最高の技術者たちがその叡智と技術力を結集させて、設計にしろ一つ一つの部品にしろ千分の一ミリレベルにまで細心の注意を払った、繊細で緻密な超高度技術で作られているんですから」
遊佐木の言葉に声を失っている二人に徹がフォローを入れるが、二人はそのまま無言で何度か頷き合うと、話しかけるのをやめてそれぞれに窓の外の壮大な光景を眺め始めた。
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