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おいらたちはドラッグに嵌るように大分酒が進んでいた。
おっさんはボランティア活動を自己満足でやる奴は糞だと吐き捨てた上で酔っている所為か唐突にこんなことを言いだした。「朝焼けは雨、夕焼けは晴れって言うけどさ、朝から一日中晴れる日もあれば、夕方晴れてても翌朝雨ってこともある。同様に天網恢恢疎にして漏らさずって言うけどさ、悪事をしても逮捕されない者もあれば、天罰を受けない者もある。そもそも天罰なんてあるのかよって話だよ。天罰を受けるべき奴はうじゃうじゃいるのにな」
「ほんとにねえ」おいらは感じ入って言う。
「例えば、何の罪もないようにファーストフード店でハンバーガーを喜んで食ってる奴とか焼肉屋で牛カルビを喜んで食ってる奴とかサーティーワンでアイスクリームを喜んで食ってる奴とか見ると、ふざけんな、地獄に堕ちろって罵倒したくなるよな」
「えっ、何で?」
「何でって牛の肉や乳を加工する畜産は二酸化炭素より強力な温室効果を発揮するメタンガスや亜酸化窒素の主要な排出源なんだぞ。だから牛の加工食品を求めて食う奴は地球温暖化を促進させてることになるんだ」
「そうなの?」
「そうなのって間抜けに聞くなよ。些細な罪の様で些細な罪じゃねえんだから」おっさんは鬼みたいに目が座っている。
おいらはまた間抜けと言われないように、「あ、ああ、そうだね」と慌てて同意した。
「だってよお、塵も積もれば山となるって言うだろ。それは確かな事なんだ。それに牛の肉製品や乳製品を食う奴らの為に牛がどんだけ殺されると思う?」
「随分だろうね」
「随分どころじゃねえよ。それだけじゃねえんだ。豚も鳥もカニもイカもアナゴもエビもタイもヒラメもマグロもザバもウニもイクラもアワビも、もう切りがない程、枚挙に暇がない程の種類の生き物が一人の人間が生きて行く為に大量に殺されるんだ。そうだろ」
豚と鳥以外、鮨のネタになってんだけど可笑しく思いながら聞いていたおいらは、「そうだね」と答えてやった。
「食いもんにされる為だけじゃねえや。毛皮にされ装飾品にされる為に殺され、様々な理由で殺処分される為に殺され、産業廃棄物処理及び清掃の被害に遭って殺され、戦争やテロに遭って殺され、そんなに犠牲を出してまでも、もっと言えば、絶滅危惧種を出してまでも、もっと言えば、実際に絶滅させてまでも生きる価値のある人間が果たして何処にいるんだ。そうだろ」
「一人の人間が一つの種類の動物を絶滅させるって言うの?」
「馬鹿、そんなこと言ってんじゃねえよ。さっき塵も積もれば山となるって言っただろ!」
「あ、ああ」
「俺はな、数多の動物を犠牲にしてまでも生きる価値のある人間がいるのかって言ってんだよ。ちょっと考えたらそういう疑問にぶち当たるじゃねえか。そう思わねえか?」そう言いながらもおでんの茹で卵を食うおっさんを見て、彼の為に鶏の子はどれだけ命を奪われるんだろうと思ったからおっさんの言うこととやってることに矛盾を感じたおいらはそれでもこう言った。
「確かに言われてみればねえ」
「特に御馳走に全くありつけねえ、お前からすればそう思うだろうなあ」おいらを飢えに喘ぐ野良犬を見るような哀れんだ目でおっさんは見る。「それなのにさ、どいつもこいつも人間の営みを美化しようとしやがってさ、大体さあ、俺たちの祖先のクロマニョン人はネアンデルタール人を虐殺して生き残ったワルなんだ。その様に人類は良い社会を作る為に進化して来たんじゃなくて生き残る為なら手段を選ばずに進化して来たんだ。実際、いつの時代の何処の国に良い社会があった?だからさ、こんなご時世だからって人類に対してコロナを絶対悪とするのは可笑しいんじゃねえのかって話だよ」
おいらは気焔を吐き続けるおっさんの虐殺説の勢いに気圧されて言った。「まあ、そう言えなくもないね」
「そんな曖昧な言い方止めろよ」
「えっ」おいらは相変わらず鬼のように座ったおっさんの眼に射竦められる。
「こういうことははっきり言わなきゃ駄目だ。茶化しちゃいけねえんだ。俺はなあ、何も反社会的になって言ってるんじゃなえぞ。奢り昂ぶる人間を戒めようとしてるのであってだな、コロナより人間の方が絶対、悪いって言いてえんだよ」
「それはまたどうして?」
「だってよお、人間は生き物を食う為、将又、毛皮や装飾品にする為、将又、何らかの理由により処分する為、将又、産業廃棄物処理及び清掃のとばっちりを受けさせる為、将又、戦争やテロのとばっちりを受けさせる為に殺すけど、コロナは増殖する為に人間の体内に侵入するだけであって人間を殺そうとしてる訳じゃねえんだ」
「確かに殺す意志はないだろうね」
「それに人類史とは苛め、裏切、欺瞞、偽善、犯罪、侵略、虐殺、戦争、乱獲、破壊、暴力、汚染の繰り返しと言って間違いねえ訳だろ」
悪事ばかり並べ立ててそう言い切ることは出来ないと思うけど、少なくとも人間は他の生き物や地球にとって最も良くない存在と言えるから、「そうだね」と答えた。
「況して顔が悪くて頭が剥げてて腹が出てて口臭が酷くておまけに腋臭で鼻毛が出てる、こんなオヤジ、コロナより悪いに違いねえじゃねえか」
結局、見た目と匂いで決まるのかよとおいらは思いつつ、「ま、まあねえ」
「しかし、こんなオヤジにも可愛い子供時代があったのかと思うと、不可思議でならねえ」
「そうだねえ」
「多分、子供の時分、風呂嫌いで碌に風呂に入らねえから足の裏の垢を集めて丸めた物で匂いを嗅いだり人に悪戯したりして楽しむような極めて不潔で悪趣味の下卑たガキだったんだろうなあ。そんな子供いねえか」
「自分で言っといて自分で否定しないでよ」
「否定なんかしてねえよ。今時の育ちの良いのにはいねえけど昔ならいたよ」
「じゃあ、最初からそう言ってよ」
「俺の結論を最後まで聞けよ」
「あ、あのねえ」
「ところで、お前、こんなことをペラペラ言う俺をどう思う?」
「えっ」
「一方的だと思うか?」
「い、いや」
「遠慮なく言えよ」
「えっ」
「もっとあるだろ」
「はっ?」
「お前、隠してるだろ」
「えっ、何を?」
「自分で隠しておいて何をもねえだろ」
「い、いや、何も隠してないから」
「しらばくれるな!知ってるぞ」
「はっ?」
「隠してるものだよ」
「い、いや、だから何を?」
「惚けるな。適当に同調しておいてよお。卑怯な奴め」
「そ、そんな言い種ないでしょ」
「お前、俺が慈悲もってないと思うのか」
「じ、じい?」
「馬鹿、自慰じゃねえよ、慈悲だよ」
「あ、ああ、情けのことね」
「そうだ。持ってるだろ」
「ああ、ボランティアやってるもんね」
「だから、お前は間違ってる」
「えっ、何が?」
「言わせてえのか」
「いや、別に」
「やなこった。言ったらてめえで認めたようなもんだからな」
言えって言ってねえよと心の中で呟くおいら。
「だが、勘違いされちゃあ堪ったもんじゃねえから言ってやらあ。お前、俺の事、サイコパスだと思ってるだろ」
「い、いや、思う筈がないよ。ボランティアやってんだから」
「サイコパスがこんなことするか。オヤジ!銭置いとくぜ!」
「へい!」
ちゃんと人の言うこと聞けよ。銭って江戸時代かよとおいらは思いつつおっさんとスツールから腰を上げた。
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