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「リク!」
遠くからお母さんの声が聞こえた。草を踏み分ける音が近づいて、お父さんも姿を見せる。
「……心配したんだから」
抱きついたのはぼくがお母さんだと思っていたお母さんだった。お父さんがメガネの下から指を入れてまぶたを押さえる。
「……どうしてここにいるってわかったの?」
「だって……リクは家を抜け出してはここに来てたじゃない」
ねえ、とお父さんを見上げると「いつもそうだったな」と笑った。
二つのとき、メダカを見たくて裸足でここに来たらお母さんが泣きながら探しにきて、七つのときお母さんとケンカして腹が立ってここに来たら、連れ戻しにきたお父さんにまで怒られた。
ぼくってけっこう無茶してたんだな、なんて思いながらお母さんにしがみつく。
「ぼく……家に帰っていいのかな」
「当然でしょう」
「あそこが……ぼくの家?」
「もちろんだ」
涙声でお父さんが言った。ぼくの肩に乗せた手がちょっと震えていた。
池にうつっていた銀色の三日月がいなくなっていた。夜空を見上げた。白い雲が川のように流れて、お月様も見えなかった。
一緒に家に帰ったのかな。
帰り道、二人に手を引かれながらぼくは振り返る。
「リクは……あそこで何をしていたの?」
お月様の言葉を思い出す。あのお話はぼくとお月様のかくしごと。
「ないしょだよ」
笑って言うとお母さんも笑った。「秘密だと言われるとよけいに聞きたくなるなー」とお父さんがぼくの髪をくしゃくしゃにした。
お父さんが「よいしょっ」というかけ声と共にぼくを肩車した。恥ずかしくて「下ろしてよ!」と叫んだけれど「重くなったなー」「もう私は抱っこもできないわ」と二人で笑っていた。
「ヨシくんに……会いたいな」
「そうだね……週末にお見舞いにいこうか」
優しく言ったお父さんの頭にしがみついた。汗で湿った髪の毛から懐かしい匂いがする。
雲間からお月様がちらりと顔をのぞかせた。ぼくはこっそり微笑んでみる。
またお月様の子どもに会いに行ってもいいかな。
もちろんだよ。
目尻がじんわりと濡れて、目をこすった。バランスを崩したお父さんがお母さんに寄りかかった。
僕がお父さんと思うお父さんと、お母さんと思うお母さん。
いいよね、ずっとそう思っててさ。
お月様とお話したのは、大人になるまでずっとかくしておくからさ。
ぼくはフードを外して空を仰いだ。夜風が頬をなでる。池は月明かりにきらめいて、夜道をやわらかに照らしてくれた。
(おわり)
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