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――拝啓 秋立つとは申せ、残暑厳しき折から、いかがお過ごしでしょうか。――
そんな古風な書き出しで始まる祖母の手紙を見つけたのは、ちょうどその手紙と同じ八月の終わり頃のことだった。
母の実家の、二階の一番奥の部屋。少しかび臭い押入れの奥に押し込まれた文箱の一番下に、隠すように仕舞われていた。
赤い漆に、花の形の螺鈿細工が施された蓋を開けた瞬間、典雅で優しい香りが鼻をくすぐった。文箱の中で色褪せずに保存されていたであろう薄紫色の匂い袋は、祖母が生前愛用していた「都忘れ」という名の調香だ。亡くなってから既に3年経っているが、この文箱の中身は、それよりもっと前から、ここで眠っているようだった。
少し黄ばんだ、薄い透かし模様の入った縦書きの便箋には、毛筆で、祖母の手らしい流れるような文が認められていた。
母によれば、祖母はこの界隈でも屈指の生き字引だったという。この地域の言い伝えや歴史についてかなり詳しかったそうだが、そのほとんどを誰にも伝えず、墓まで持って行ってしまったらしい。祖母が亡くなってから、郷土研究家の間でにわかにこの地域の歴史が脚光を浴び始め、母はひどく残念がっている。
――世の中には、自分さえ知っていればそれでいいことも、たくさんあるの――
それが祖母の口癖の一つだったという。
階下の母が上がって来ないのを確かめてから、私は手紙を読み進めた。悪いことをしている気はしたが、好奇心には勝てなかった。
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