証言者:海の見える町の民D

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証言者:海の見える町の民D

 おしどり夫婦ってのは、ああいうのを言うんだろうねえ。  あの夫婦は一年ほど前にこの町にやってきた。嵐の日だったな。二人共着の身着のままで、ずぶ濡れだった。旦那様の上着なんか大きく裂けてて、もう使い物にならなかった。何があったのか知らないけど、旅の途中で嵐に見舞われて酷い目にあったようだ。  余所者だと最初はみんな警戒していたが、旦那が町のゴロツキ共を一人でのしたのをきっかけに、少しずつ受け入れるようになったんだ。聞けば兵士として訓練を受けていたらしい。通りで強いわけだ。  奥さんは薬に詳しくて、町の医者の手伝いをしているよ。俺はこの前ヘマをして腕に怪我をしたんだが、奥さんに手当てしてもらって今はこの通り。傷はまず消毒することが大切なんだとよ。町の子に石鹸の使い方だとか食べてはいけない毒草を教えたりもしているらしい。  二人とも博識で、どこか気品があるというか、物腰がやたらと丁寧なんだよな。かといって偉ぶったりはしない。今では近所でも評判の、理想の夫婦だな。  この前、奥さんが子どもを生んだ時なんか町中が大騒ぎだったよ。結婚から三年経ってようやく授かったそうだ。慌ただしくて子どもを作る余裕なんか全然なかったらしい。  奥さんは「こんな私が命を生み出すなんて」って感極まって泣いてた。旦那の方もたいそう喜んで、奥さんにアカシアの花を贈っていたよ。ここら辺じゃ咲かない花だからわざわざ内地まで足を運んだそうだ。結婚記念日や特別な日にはアカシアを贈るんだってさ。いい夫婦じゃねえか。  若いけど、あれは相当苦労していると俺は見た。きっと駆け落ちでもしたんだろうなあ。人目を忍んでこの田舎町にやってきたんだろ。あんまり自分達のことを話したがらないけど、様子を見ていればわかる。  だってアカシアだぜ? 花言葉は『秘密の恋』だ。
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