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「中原菜乃花さん」
「は、はいぃ!」
ぼうっと回想にふけっていると、突然フルネームで呼ばれて思わず背筋をただす。
「菜の花の詩、もしかして中原さんの詩集だよね?」
大人になった星野くんは、目の前で私が隠している秘密を堂々と言い放った。
「題名もだけど、もどかしい伝え方が一杯書いてあったから」
自分の書いた詩集を読まれたと言うだけでも恥ずかしいのに、目の前で感想を言われるなんて顔が溶けそうだ。
「本当はその一冊で良かったんだけど、読んでたらもどかしいことしてみたくて」
「え? 何かした?」
「はは、やっぱり張本人は気づかないんだ。その詩集を読んでたときに、彼氏はいないって聞こえたから、ちょっと遠回しにやってみたんだけど」
確かにあの日、彼は1階で詩集を読んでいた。
その光景を思い出しながらノートに挟んでいた、今までの紙を取り出す。
『2F ス208 野の花の詩』
『1K キ104 遠い背中』
『1D デ127 彼女の心理学』
『2F ス208 野の花の詩』
「あっ」と声がこぼれ落ちる。
浮かび上がってきたカタカナの隠された言葉に、私は彼の目を見ることができない。
「中原さんとの図書室の時間、結構好きだったんだよね。なんでだかわかる?」
背の高い星野くんが、傾いて私の顔を覗き込む。
「えっと……」
大学最後の年に起こりそうな、きらびやかな世界を前に、私はなんて答えたら良いかわからないままその場に立ち尽くした。
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