図書館の彼

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学生証から盗み見た彼の名前を反芻する。 次の本をきっと3日後には借りにくるはず、と思わずそれを待っている自分に驚いた。 「予約の棚ばっかり見つめてどうしたんすか?」 「え? 別にそんなことない」 「暇なら行方不明本でも探しに行ってくださいよ」 下に向けた手で振り払うような仕草をして、青木くんは私をカウンターから追いやる。暇だなんて失礼な。 行方不明本のリストを手に、2階を歩き回る。春休みだけあって本当に人がいない。 初めて彼に聞かれた詩集の棚にしゃがみこむ。 人差し指で手前に傾けて、ゆっくりとそれを手に取る。彼はこれを読んでどう思っただろう。 「はあ」 一人ぼっちでため息をついた。 「あ、中原さん」 突如かけられた声に驚いて立ち上がる。 「あ、鳥飼くん」 思わず盗み見た名前で呼んでしまう。しまったと思って口許を覆った時にはもう遅い。 彼は驚いたように目を開く。 その表情を見て、まずかったかもと慌てて謝った。 「あ、ごめん。こないだ本の手続きの時につい、見ちゃって」 「あ、いやいいんだ。それについてはどうぞ」 「良かった。同じ学年だったし、つい覚えちゃったの」 「うん、ちょっと呼ばれなれてないから驚いただけ」 自分の名前なのに呼ばれ慣れてないなんて、一体どういうことだろう。 もしかして、心は女の子だから周りはそれ公認で別の名前があるとか? 深く聞いてはだめだと自分を律する。 「そ、それにしても思ったより早いね。もうあの本読んじゃった?」 「うん、まあそんなとこ」 そんなとこってどういうことだろう。本を読んだから以外に、ここにくる理由があるだろうか。 「と、鳥飼くんはああいう本が好きなの?」 「ああいう本って?」 「その、なんていうか女の人向けの本というか……」 「ああ……それは内緒」 マスク越しに人差し指を自然に添えた。 我慢できずに聞いてしまった自分が嫌になる。 がっくりうなだれていると「はは」と笑い声が聞こえたので、つい見上げた。 「中原さんにも隠し事の1つや2つあるでしょう?」 「ま、まぁ……」 妄想をまとめたメモを取って、物書きのお姉ちゃんがネタにしては出版しているなんて、とても言えない。 思い当たる節に思わず目をそらす。 「僕も自分を隠して中原さんに近づいたから、それはごめんね」 「え?」 自分を隠す? 隠すもなにも、名前を見られてはバレバレだろうに何を隠すと言うのだろう。 名前を見たところでわからなかったから、隠されていたとも思わないけれど。 でも、そういえば私、彼に名前を教えたっけ。 「そう。思い出してくれたらって思ってたけど仕方ないよね」
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