9人が本棚に入れています
本棚に追加
「この本ありますか?」
中性的な声と共に目の前に差し出されたのは、レシートみたいなペラペラの紙。
本の並んだワゴンを引いて、返ってきた本たちを元の棚に戻す作業をしているときだった。
ちょうど手元は分厚い辞典で塞がっている。
ぎゅっと辞典を胸に片手で抱いて、その紙を受けとると、自然と辞典が奪い取られた。
「え?」
「重いでしょ、これ」
予想外のできごとに思わず見上げた顔は、当然のようにマスクで覆われている。
揺れた黒髪と憂いを帯びた目元が印象的なその人は、細身の体で軽々と辞典を元あった高い場所に返す。
タイトなパンツに浮かぶシルエットから、背の高い女の人だと思っていたけれど男の人みたいだ。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。こんなの慣れっこだし。というか、直してもらっちゃってごめんなさい」
「場所、違った?」
どう見ても同じ種類の辞典が並ぶ目先を前に、間違えようがない景色が広がる。行儀よく同じ背表紙の辞典が並んだ。うん、気持ちが良い。
「んーん、正解」
「そう、良かった」
長い前髪の揺れる隙間から覗く目が、上を向いた三日月みたいになる。
なんだ、暗い人だと思ってた。
前髪が長ければ、マスクのせいでほとんど相手のことがわからない。
まぁいっかと、受け取った紙に目を落とす。
「この本ですね」
『2F ス208 野の花の詩』
印字された場所を示す番号と題名を確認する。ドキリと肩が跳ねた。
ああ、これは2階にある本だ。待っててもらった方が良いだろう。
「持ってきますので、お待ちくださいね」
最初のコメントを投稿しよう!