図書館の彼

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「この本ありますか?」 中性的な声と共に目の前に差し出されたのは、レシートみたいなペラペラの紙。 本の並んだワゴンを引いて、返ってきた本たちを元の棚に戻す作業をしているときだった。 ちょうど手元は分厚い辞典で塞がっている。 ぎゅっと辞典を胸に片手で抱いて、その紙を受けとると、自然と辞典が奪い取られた。 「え?」 「重いでしょ、これ」 予想外のできごとに思わず見上げた顔は、当然のようにマスクで覆われている。 揺れた黒髪と憂いを帯びた目元が印象的なその人は、細身の体で軽々と辞典を元あった高い場所に返す。 タイトなパンツに浮かぶシルエットから、背の高い女の人だと思っていたけれど男の人みたいだ。 「あ、いえ、大丈夫ですよ。こんなの慣れっこだし。というか、直してもらっちゃってごめんなさい」 「場所、違った?」 どう見ても同じ種類の辞典が並ぶ目先を前に、間違えようがない景色が広がる。行儀よく同じ背表紙の辞典が並んだ。うん、気持ちが良い。 「んーん、正解」 「そう、良かった」 長い前髪の揺れる隙間から覗く目が、上を向いた三日月みたいになる。 なんだ、暗い人だと思ってた。 前髪が長ければ、マスクのせいでほとんど相手のことがわからない。 まぁいっかと、受け取った紙に目を落とす。 「この本ですね」 『2F ス208 野の花の詩』 印字された場所を示す番号と題名を確認する。ドキリと肩が跳ねた。 ああ、これは2階にある本だ。待っててもらった方が良いだろう。 「持ってきますので、お待ちくださいね」
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