ストレンジャー

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      【ストレンジャー】          ─2ページ目─       俺はそのまま砂塵(さじん)の中に消えていく車を、 (なが)める事しか出来なかった。     辺りには使えそうな車はない。     俺は再びスタンドの中に戻ると、 リュックに食べ物をつめてから後を追う事を考えるが、 棚には食料らしき物は無かった。     僕はリュックを放り投げ頭を抱える。     どうする? どうする? どうする?     答えは出ない。     カウンターにぶつかり転がったリュックを拾い上げ 立ち上がると、カウンターの奥でコーヒーメーカーにかけたままの金魚鉢の氷が溶けて、 氷付けになっていた中の金魚が泳いでいた。     酸欠気味に水面で(あえ)ぐ金魚。 僕はそれを持ってカウンターの奥の、 スタッフルームに入っていった。     スタッフルームには机がありその上には、 手にした金魚鉢と同じような金魚鉢が 無数に置かれ、その中で金魚が泳いでいた。 僕はその隣に金魚鉢を起き、 椅子に腰かけどうするか頭を抱える。     すぐにでも追いかけたいが、 酸素パックの予備もなしに、 火星の大地をうろつくのは自殺行為でしかない。     テーブルに置かれたラジオをつけて見るが、 ザーザーという雑音が流れるだけだった。   その音に誘われたのかサバクネコがどこからか現れ、 金魚蜂の前で番人の様に寝転んだ。     火星で唯一(ゆいいつ)繁殖に成功した猫だ。 【火星猫とも言う】   火星が死ぬと言うのに、 我かんせずの気楽な猫を見つめていると、 車が店に近づく音と共に、 しぱらくして誰かが店の中に入ってくる物音がした。      そうかそう言うことか。      ここはスタンド。      車は給電に来る。      前にいた男も、今の自分と  同じような状況だったのではないか。      前の男はどうした?      そうだ従業員になりすました。      いや実際に従業員だったのかも知れないが、  それはどうでもいい。      どうする?      やるか?      やるしかない。      速なる鼓動。      再び扉が開く音。      覚悟を決めろ。      ぐずぐずしていたら去ってしまうぞ。     僕は急いで給電方法が書かれたマニュアルを探し、 頭に覚え込む。     そして何気ない感じでカウンターから顔を出した。     スタンドの中には宇宙服を着た誰かが たたずんでいた。     男か女かもわからないその人物は、 こちらを見つけて声をかけてきた。     「すみません従業員ですか?  給電をお願いしたいのですが」     どこかで聞いたようなセリフを言う男の声。     (あせ)るな、ここでしくじれば全て終わる。     俺は心を落ち着けるよう深呼吸する。     そして何と言うかセリフを確認してから、 静かに話しかけた。     『給電するから鍵をかして』     そのセリフが拙速すぎたのか止まる宇宙服の誰か。     焦りが広がる。     男は少ししゅんじゅんしてからカギを渡した。     当然ながら給電には男は隣についてきた。     どうにかスキを見つけて車を奪わなければ。     そう焦るばかりで、 あっと言う間に給電は終わってしまった。     「旅には水が必要でしょう」     俺は咄嗟にそう言うと、 料金は給電代だけで結構ですよと、 巧みに相手を再び店の中に連れ込んだ。     その間も中々隙がみつからないでいると、 支払いも終わってしまう。     「水を車までお運びしましょう」     そう言って運んでいる途中で、 男は店の中に何か忘れ物でもしたのか、 戻っていった。      いまだ!     その瞬間を俺は見逃さなかった。     男が店の中に入った瞬間車に向かって駆け出す。     車に飛び乗りエンジンをかけると、 そのまま走り出した。     後ろで男が待てと言ってるようだったが、 よく聞き取れない。   どちらにせよそう言われて止まる(はず)はないのだが。   そのまま砂のスモークの中に走り去った。     さて、すぐに妹を追いかけなければ。     そう考えだした時に、 突然後部座席から手が伸びて首を絞められた。     車が左右に揺れる。     宇宙服を着た誰かが後部座席で寝ていたようだ。     そのため気がつかなかったミスを呪った。     俺はその手を振り払いながら、 顔面マスクを殴り付けた。     思ったより簡単に吹き飛ぶ誰か。     『きゃあ!』     幼い声には聞き覚えがあった。     倒れ込んだ華奢(きゃしゃ)な体。     「マヤか!?」     『お兄ちゃん?』     その一瞬の空白が命とりになった。     前方で何かにぶつかり、 したたかに顔面をフロントガラスに打ち付けた。     宇宙服のフェイスガードが血で染まる。     後部座席から飛び出した妹は、 フロントガラスにぶつかり、 顔面のフェイスが割れて顔があらわになっていた。     血に染まったその顔は紛れもなく妹だった。     死んだように動かない妹。     何がどうなっている?     これは夢なのか?     俺は車から這い出して、 前方で大破した車の中を覗き込む。     そこにうつぶせた人が1人。     フェイスが割れて血まみれの顔を覗かせる (マヤ)が乗っていた。     僕は愕然(がくぜん)として立ち尽くし、 砂塵(さじん)(かす)む路上のその先を見つめた。     そこにはどこまで続く車が連続して衝突し、 大破して止まっていた。                          終わり
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