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 龍太は練習に集中したが、やはり、どこかに隙があるのだろう。コーチをも務める海堂義弘は、選手(プロ)としても父親としての洞察力も群を抜いていた。練習に身が入っていない・・・やる気がないのではなく、何か練習を妨げるような事案があるのでは。そんな生半可な精神状態では、日本にたった一校しかない超難関の選手養成所に受かることはできない。なにしろプロ選手を養成する学校である。よしんば入校できたとしても、一般世界と隔絶した厳しい寮生活と一日十時間の訓練(カリキュラム)が組まれている。それを踏破するためには、タフな精神力と屈強な肉体が必須なのだ。  父親はアドバイスをするが、龍太は何も語らず、ただ黙々と練習に励むだけである。  朝五時に起床してローラー(静止状態の自転車を漕げるトレーニング装置)を踏み、天候に関係なく自転車で登校し、帰りは三十キロのロードワーク。学校のない日はバンクでプロと一緒の合同練習に参加させてもらう。お楽しみサイクリングと称して百キロメートルを走ることもあった。  海堂義弘も四六時中、息子の面倒は見られない。海堂義弘は現役のS級1班のトップレーサーであり、タイトル争いにも参戦する。競輪場は全国各地にあるため、年中遠征していた。    龍太と優里奈はあいかわらずだった。塩水楔を一緒に見に行ってからも、特別な進展があったわけでもなかった。龍太には練習があったし、優里奈もそのへんはわかっていて、帰りが一緒ではなくても文句も言わなかった。  たまの休日に駅前のショッピングモールでデートする。  食事して、買い物をして、旬な話題で盛り上がって・・・大切な相手と同じ時を共有できることが、いつか喪失してしまうのではないか、龍太はそんな不安に駆られることがしばしばあったのである。  パティシエになりたい。その希望は必ずといっていいほど、優里奈といるときにさざ波のように押し寄せて来るのだった。  十一月に入って急に寒くなった夜のことだった。  練習の疲れをとるため、龍太の就寝時間は早い。ベッドでうつらうつらしていると、スマートフォンが鳴った。優里奈からで、少し嫌な予感がした。
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