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 彼女は小学五年生の時、東京から転校してきた。父親が転勤の多い仕事に就いているとのことだった。彼女は両親といっしょに、龍太の家へ挨拶に訪れた。  二件隣りに引っ越してきた神崎と申します・・・  応対に出たのは龍太の父親の海堂義弘だった。ちょうど街道練習から帰ってきたところで、スポーツウエア姿の海堂義弘と玄関先で言葉を交わすことになった。海堂義弘は大柄で浅黒い顔は酷薄で凄みがある。神崎一家も、たぶん、度肝を抜かれたはずだった。近所に人相の悪い人が住んでいる・・・怖い、恐ろしい、その手の関係者だったらどうしようと思ったそうだ。  だが海堂義弘は礼儀正しかった。  わざわざのご挨拶、恐れ入ります。こんな格好をしとりますが、実は、競輪選手をやっています・・・  慣れないでしょうから、ウチの息子でよかったら、最初は一緒に登校されてはいかがですか。  それ以来、龍太と優里奈はなぜか小学校卒業後も中学も高校もいっしょになっている。 「ねえ、塩水楔って知ってる?」  優里奈が自転車を止めて、謎めいた言葉を口にした。 「はあ? なんだ、そりゃ」  どこかで聞いた覚えがあるようなないような・・・龍太も自転車から降りた。 「理科の勉強してないでしょ」ますますヘンなことを言っている。「河と海の境目にね、今日みたいに天気が穏やかな日、昼と夜の間のわずかな時間帯に楔がくっきりと見えるんだって。宝石みたいに綺麗らしいよ」 「へえ」 「へえじゃないよ。練習ばっかやってないで、それ見に行こうよ」
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