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 眼を凝らすと、はるか後方にのこらのこらとペダルを漕いでいる神崎優里奈が見えた。  前方には人影や障害物は見えない。  よし。  海堂龍太は通学用のリュックを背負い直すと、渾身の力を込めて競技用自転車(ロードレーサー)のペダルを踏み込んだ。  はじめのうちは緩やかだった風の流れが、トップスピードに近づくにつれて、猛烈な風圧に変わっていく。  びょうびょうと風が鳴り、車体がぶれ始める。  龍太はかまわずに漕ぎ続けた。  土手沿いのサイクリングロードと並行する国道をトラックや普通乗用車が走行している。  龍太の闘争心に火がつく。  ぶっちぎってやるぜ!  太腿が猛回転する。  シャー、シャー、シャー・・・車体とギアとチェーンが風を裂く。  アウトコースを大まくりしていく感覚だ。爆音を立てているトラックの横を追い越し、かなりのスピードで走っているはずのSUVをさらに追い抜いた。  だが機械と違って、人間は長い時間を続けられない。  時速60キロをコンマ数秒維持しただけで、筋力が急激に落ちてしまうのだ。  まだまだだなあ・・・ これじゃ、競輪学校に受からないぞ。  龍太はぶつぶつ言いながらペースダウンした。  競技用自転車(ロードレーサー)のペダルを、今度はゆっくりと踏みながら、荒い呼吸を整える。    サイクリングロードは緩やかなカーブにさしかかった。河の蛇行に沿いながら伸びているサイクリングロードは、日本海が見渡せる公園が終点になる。  しかし、龍太に終点はない。  毎日、学校が終わったあと最低三〇キロメートル走るのがノルマだ。そのあと親父(コーチ)の厳しい指導のもとで、ローラーを踏み、筋トレもこなさなくてはならない。 「おーい、おーい!」  背後から龍太を呼ぶ声がした。  龍太はさらにペダルを漕ぐペースを落として、神崎優里奈が追いつくのを待った。彼女が乗っているのはいわゆるママチャリタイプの通学用だ。  制服のスカートがフラメンコのように舞っているところを見ると、彼女なりの猛スピードなのだろう。  ようやく追いついて、龍太の横に並んだ。 「さすが、プロは違うねえ」優里奈は息を切らしながらパシンと龍太のリュックを叩いた。「はい、いつものカフェオレ」プラスチックのボトルを差しだす。 「プロじゃねえし・・・」  龍太にとってこの時間がいちばんリラックスできる。ハンドルから手を放して、ボトルにストローを差し込みながら優里奈の顔を眺めた。秋の柔らかな日差しがアップに束ねた髪をふんわりとした栗色に染めている。  
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