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「俺の母親は、由緒ある貴族の出身で貴妃の位を与えられて後宮に入った。その時すでに後宮には数人の妃嬪がいたそうだが、気位の高い母はその妃たちを見下した。ろくに挨拶もしない態度に、妃たちの間での評判は悪かったらしい。後宮に入ってすぐに俺を身ごもり、母は有頂天だったそうだ。母が身ごもったのは、陛下の初めての子だった。それだけでも、他の妃嬪に勝った、と思ったんだろうな。誰もが、母が皇后になるものだと、その頃は思っていた。で、俺をもうすぐ出産という時に、母の妹も身重だということが判明した」
「それは、おめでたいことですね」
「そうだな。その二人の赤子の父親が、両方とも陛下でなければ、な」
「妹様も、後宮におられたのですか?」
後宮では、何人もの妃が同時に妊娠という事もままあるが、それが姉妹というというのはさすがに気まずいのではないだろうか。
「いや。母の妹は、身重の姉を見舞いにしばしば宮城に訪れていた。その時に陛下と知り合い、二人は深く愛し合うようになってしまったらしい」
(うわー、それは気まずいどころの話じゃないわね)
貴妃は激怒した。皇子を産めば陛下の寵を一身に受けることができると思っていたのに、よりにもよって妃嬪ではない自分の妹が同じように陛下の子を産むことになるとは。しかも、いつのまにか二人は、自分の入り込む余地がないほどに愛し合っている。悋気の強い彼女にとって、それは許すことのできない裏切りだった。
「母の怒りはすさまじかったそうだ。妹の方は、陛下の子を身ごもったと判明した時に後宮へと陛下に言われたらしいのだが、彼女は実家で産むことにした。実家としても複雑だったようだ」
娘が貴妃になったことは一族にとっても誇らしいことだが、その妹も陛下の子を宿し貴妃が激怒しているとなれば、扱いは微妙にならざるを得なかった。
「そうして俺が生まれ、しばらくして無事に妹の方も子を産み落とした。それが、晴明だ。陛下は、妹を皇后にすると言い出した」
それを知った貴妃は、激しく荒れた。自分こそが皇后に相応しいという矜持を傷つけられて、妹もその妹が産んだ子も憎んだ。その怒りは、身近にいる天明にもぶつけられた。
「え……」
天明は、ぼんやりと窓の外を見たまま続けた。
「そのあたりは、詳しくは教えてはもらっていない。ただ、あまりのひどい仕打ちに、俺は母から引き離されたそうだ。まだ一歳にもならない頃の話だから、俺はさっぱり覚えていないけどな。よく生きてたな、という状態だったらしい」
「お母様は……」
「結果だけを言うなら、皇后暗殺に失敗して、狂った挙句に池に身を投げて死んだ。そういうことになっている。俺と離されてすぐのことだった」
他人事のような天明の口調は変わらない。
皇后や皇太子に対する暗殺未遂は、通常なら一族郎党皆殺しだ。だが、その一族こそが皇后であるために、おそらく自殺、という体を装うことになったのだろう。
思ってもいない壮絶な話に、紅華は言葉もなく聞き入るしかなかった。
「そうなると、俺の扱いにも困るわけだ。母の実家としてはそんな醜聞を起こした娘の子供の後見を渋ったし、なにより目の前には陛下に愛されて皇后となる妹娘と皇太子となる晴明がいる。だから俺は、母と一緒に死んだことになっている。俺は本当は、ここにはいないはずの幽霊なんだよ。……あっ、おい!」
あまりのことにふらついた紅華を、あわてて天明は支えた。
「そんなに驚くほどの話でもないだろう」
「驚く、話ですよ」
天明は、青い顔になった紅華を長椅子に座らせて、お茶を渡してくれる。すっかり冷めてしまったそれを飲んで、紅華は息を吐いた。
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