第二章 一人だけの後宮

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「それに、周りの状況や人の動きをよく見ている方です。穏やかなその様子に、官吏の中には覇気が足りないなどと言う者もおりますけれど、決して優柔不断などではなく、いざという時には決断力もあり、皇帝として申し分のないお方だと思います」 「そ、そうなの?」  よどみのなく答える睡蓮の言葉に、紅華は少し驚く。睡蓮がそこまで晴明をほめちぎるとは思っていなかったのだ。 「睡蓮は、晴明様のことを、その、お嫌いではないの?」 「いえ? 何故ですか?」  睡蓮はきょとんと紅華を見る。 「だって、晴明様がいらっしゃるときはいつも笑顔にならないし、なんとなく態度が硬いような気がして……だから、あまり晴明様のことをよく思っていないのでは、と」 「そんなことは……ありません」  紅華の言葉に、視線をさまよわせながら睡蓮が答えた。 「そうなの? では、睡蓮から見ても、晴明陛下って本当に素敵な方だと思う?」  核心部分を聞いた紅華に、睡蓮は、ふ、と遠い目になる。だがそれも一瞬。にこりと笑顔になった。 「はい。もちろんです」 「そうなのね」  紅華が見ていた晴明の姿は、どうやら嘘でもなんでもなく本当の姿らしい。ほ、と紅華は安堵する。 「でも今日は、少しお顔の色が悪いようだったわね」  先ほどの様子を思い出して紅華が言うと、睡蓮も美しく柳眉をひそめた。 「ええ、お疲れのご様子でしたわ。新皇帝として今はとてもお忙しい時期ですから」 「ちゃんとお部屋に戻られているのかしら。さきほどのお茶、確か疲れを癒すお茶よね」  なぜか睡蓮は、ほんのりと頬を染めた。 「ご存じでしたか」 「私の実家、何でも扱っていたから茶葉にもわりと詳しいの。陛下がとてもおいしそうに飲まれていたし、きっとお気にいられたのに違いないわ。ぜひ、陛下のお部屋にも届けておいてさしあげて」 「かしこまりました。きっと、陛下もお喜びになります」  ほころぶように、睡蓮が笑んだ。  すると、扉を叩くものがある。 「はい。……あら」  睡蓮が扉をあけると、そこにいたのは天明だった。 「またあなたですか。だめですよ、あまりあちこちうろつかれては」 「いきなりご挨拶だな」 「睡蓮、私が頼んだのよ」  呆れたように言った睡蓮に、あわてて紅華が声をかける。けげんな顔になった睡蓮に、紅華は先ほど晴明に墓前参りを頼んだことを話した。天明は、得意げに胸を張る。 「そういうこと」 「よろしいのですか、天明様?」  睡蓮が心配そうに天明をみあげた。 「晴明に頼まれたし、なんとかなるだろう」  紅華は、部屋に入ってきた天明の前に立つと、深々と頭を下げた。 「この度は誠にお悔やみ申し上げます」  天明にしても、父親を亡くしたのは晴明と同じだ。先日の一件でいろいろ気になるところはあるが、まだ天明にそう言っていなかったことが紅華は気になっていた。  その姿に、少しだけ天明は瞬くと、柔らかい笑みを浮かべた。 「ああ。ありがとう」  また難癖でもつけてくるかと身構えていた紅華は、天明から返ってきた素直な言葉と表情に拍子抜けする。 (あ、晴明様にそっくり)  穏やかに笑みを浮かべた天明は、確かに驚くほど晴明に似ていた。 (ということは、天明様も顔はいいのよね。性格は難アリみたいだけど)  本当は、先日の天明の言葉についても聞きたかった。けれど、睡蓮のいる場所ではなんとなく聞き辛い。
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