第二章 一人だけの後宮

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「急にお呼びたてしてしまいまして、申し訳ありませんでした」 「かまわないさ。気遣いは無用だ」  今日の天明の様子は、先日の無礼さが嘘のように貴族然とした態度だ。それならそれで、紅華も普通の皇族と同じように対応することができる。 (やっぱり第二皇子なだけあるわよね)  紅華が感心していると、天明はにやりと笑った。 「こんなに素敵なお嬢さんのお相手なら、何を置いても最優先で遂行するよ」 (前言撤回)  紅華は天明に対する評価を即時撤回した。  「それに……俺も、ちゃんと墓参りはしておきたいし」   睡蓮は納得したようにうなずいたが、紅華は首をかしげる。  第二皇子なら、紅華と違って密葬にも参列しているはずだ。きちんと、というのはどういうことだろう。  その疑問が顔に出ていたのだろう。天明は、照れたように笑う。 「ああいう堅苦しい儀式が苦手でね。どうやって抜け出そうとばかり考えていたから、葬儀の間も上の空だったんだよ」 「まあ。それでは、亡くなられた前陛下も心配で落ち着いて眠ってはいられませんよ?」 「そうかもしれない。だから、真面目に挨拶をしてこようと思ってね。さあ、行こうか」 「では、用意をしますので少しお待ちください」  仕度を着替えるのに、紅華と睡蓮は隣の部屋に入った。用意を終えて戻ってきた紅華は、思わず言葉を失った。 (え…なに、ソレ)  待っていた天明は頭全体を覆う覆面を被っている。顔が見えなくなるので、紅華の実家にあやしげなものを買いに来る貴族がよくかぶっていたものだ。  何か言おうと思ったが、睡蓮が何も言わないので紅華も気にしないことにした。 (お忍びだからよね。へらへらしてても天明様だって皇族なんだし)  そうして連れ立って、紅華たちは陵、つまり皇帝の墓へと出かける。  宮城からしばらく馬車に乗ると、小高い丘が見えてきた。 「あれですか」 「ああ。代々の皇帝が眠る陵だ」  それは、少し高い丘の上にあった。綺麗に整備された階段は、見上げるほどにながい。輿に乗っていくという手段もあったが、紅華は自分の足で歩くことを選んだ。  入り口を守る近衛に身分を告げて、紅華たちは汗をぬぐいながらそこを登り始める。 「おっと。大丈夫か?」  足元のふらついた睡蓮を、天明が支えた。そのまま支え続けようとすると、睡蓮がその手を押し返して首を振る。 「私は大丈夫です。それより、紅華様をよろしくお願いいたします」  天明は紅華を振り返る。 「紅華殿は大丈夫か?」 「足には自信があります。商人にとって俊敏さは大事な要素ですから」 「だってさ、女官長。貴妃に負けていたら立場がないぞ。がんばれよ」 「天明様は平気そうですね」  覆面をしているのに、息を乱している様子もない。紅華たちと違って男であるということを差し引いても、かなりの体力があるようだ。 「これくらいで息があがるほどやわじゃないさ」  紅華の考えを裏付けるように、天明が言った。 「天明様はともかく、先ほど陛下がいらっしゃいましたが、顔の色があまりよくありませんでした。ちゃんと、お食事を召し上がっておられるようですか?」  そう聞いたのは睡蓮だ。その顔を見れば、彼女が心から晴明を心配しているのがわかる。
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