第二章 一人だけの後宮

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「多少は仕方ないだろう。父上はまだ亡くなる気はなかったみたいで、後継に関してなんの用意もしてなかったし。晴明も、まさかこんなに早く皇帝になるとは思ってもいなかったからね」 「天明様なら適当に手を抜くことも得意でしょうけれど、陛下はとてもまじめな方ですからきっと限界まで頑張ってしまわれます。どうか、目を光らせていてくださいましね」  真面目な睡蓮の言葉に、天明は肩をすくめた。 「わかったよ。ほら、無駄話をしていると、いつまでたっても辿り着かないぞ」  苦労して長い階段を上りきると、色とりどりの花があふれあたりには香の良い香りが漂っている。  紅華は、疲れも忘れて感嘆のため息をもらした。 「美しいところなのですね。彼岸とは、こういうところなのでしょうか」 「そうだな。良い場所だ」  呼吸と身だしなみを整えた紅華は、持ってきた供え物を祭壇に置くと、静かに目を閉じた。 (まみえることはありませんでしたが、あなたの妃になる予定でした)  他にどう話しかけていいのかわからない。一度も顔を見ることなくいなくなってしまった皇帝は、紅華にとっては遠い存在でしかなかった。  そんなことをぼんやりと考えながらふと視線を巡らせると、わずかにうつむく天明と、顔を伏せて涙を流す睡蓮が目にはいる。嗚咽を堪えてはらはらと涙を流すその姿は、色気すら感じるほど美しかった。  天明の様子はわからないが、一般的な葬送では睡蓮のように人前でも涙を流し、場合によっては大声をあげて号泣することもままある。 (天明様だって、お父様がなくなったんだから泣いてもおかしくはないのに)  そう思った紅華は、ふと気が付いた。  もしかして、天明が今日覆面をしてきたのは、泣き顔を見られたくないのだろうか。  だとしたら。 (案外かわいいところがあるじゃない)   無礼なだけかと思った天明だが、そんな一面もあるのかと紅華は少しだけ天明に対する印象を改めた。  しばらくめいめいで祈りをささげたあと、紅華たちは墓前を後にした。 「睡蓮」 「はい」  陵を降りながら、紅華は遠慮がちに声をかけた。 「前の皇帝は、どんな方だったのかしら」 「龍可陛下……ですか?」 「ええ。私は一度も会えなかったし。睡蓮なら、きっとお近くにいることも多かったでしょう」  睡蓮は、天明と一度視線を交わすと、考えながら話しはじめた。 「そうですね。思いやりの深い方だったと思います」 「そうなの?」  皇帝に対しては怖いという想像しかもっていなかった紅華は、意外な気がした。 「はい。近寄りがたい雰囲気をお持ちでしたし確かに厳しいお方でしたが、その実、とても細やかな気配りをなさる方でした」 「そういうところは、晴明とよく似ているな」  隣を歩いていた天明が口をはさんだ。睡蓮はうなずく。 「そうですね。晴明陛下は、龍可陛下ほど畏怖を与えられる方ではありませんので……」  言いかけて、睡蓮は、は、としたように口を閉じた。天明は、睡蓮が言いかけてやめた言葉を続ける。 「だから、晴明が皇帝になることに反対する一派もいるんだよな」 「そうなんですか?」  紅華は天明を見上げる。
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