第二章 一人だけの後宮

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「皇位の跡目争いなんて、ない方がめずらしいくらいだ。現に今だって」 「天明様」  ふいに、睡蓮が言葉を遮った。 「あまり紅華様を脅かすのはやめてください」 「俺は、紅華殿のためを思って言ってるんだ。怖かったら、いますぐ実家に帰ってもいいんだぜ?」  挑発的に天明が言った。紅華の耳に、以前の天明の言葉がよみがえる。 『一刻も早く後宮を去れ』 「天明様は、私が貴妃になることに反対ですの?」 「正直言えば、是、だな」  適当にごまかされるかと紅華は思ったが、天明はあっけらかんと答えた。 「私では、貴妃として不足でしょうか」  自分へと顔を向けた天明を、紅華は、じ、と見上げる。覆面の中に見える瞳は、存外澄んで美しかった。  わずかな沈黙のあと、天明は苦笑交じりにいった。 「そうだな。身分のない妃ほどあわれなものはない。あんたのためだ」 「天明様」  睡蓮のきつい声が飛ぶ。 「紅華様、天明様の言うことなど気にしないでください」 「え、ええ」 「紅華様なら、きっと陛下を支えられる素晴らしい貴妃となられます。どうか、陛下をお願いいたしますね」  真剣な、それでいてどこか憂いを含んだ表情で睡蓮が言った。 「これから先、この国を背負っていく陛下には、紅華様のようなお優しくて強さも兼ね備えた妃の支えが必要なのです」 「え、そんな」  なにかすごく褒められたような気がする。だが、まだ数度しか晴明には会ったことがない紅華にとって、貴妃としての実感は乏しい。 「やれやれ。父上を亡くしたばかりで傷心なのは、俺も同じだ。俺にも、紅華殿のような美妃の慰めが必要だとは思わないのか」  わざとらしくため息をついた天明に、再び階段を降り始めた紅華が言った。 「素直ではないですね」 「ん?」 「そうやって陽気に振る舞われてお心を隠すのは、天明様の悪い癖ですか?」  足もとを注意しながら降りていた紅華は、天明の足がとまったことに気づいて振り返る。覆面の下の表情は見えないが、動揺している気配がうかがわれた。 (あら。嫌味で言ったわけではないけど……気にされたかしら)  何か言うかと思って天明を見ていると、ふと、その視線が紅華の後ろに向いた。紅華がその視線を追うと、数人の官吏が階段を上がってくるところだった。先頭にいるのは、晴明だ。紅華に気づいて、ふわりと笑う。 「紅華殿、来てくれたんだね。ありがとう」 「はい。今、墓前にご挨拶をしてきたところです」  紅華たちは端によけて晴明たちに道を譲り、膝をついて頭をさげた。 「私もこれから行ってくる。気をつけてお帰りね、紅華殿」 「陛下もどうか、お疲れのでませんように」 「ありがとう」  そうして晴明は、階段をあがっていった。後からついていく官吏たちは、全くこちらを気にしない者、ちらちらと紅華を伺う者、様々だ。肩で息をする官吏も多い中で、晴明は先ほどの天明のように息も乱さずに階段をのぼっていく。 (この階段を毎日……ああ見えて晴明様って、意外に体力あるのね) 「では気をつけてまいりましょうか、お嬢様方」  晴明の言葉をまねたのか、ばか丁寧に天明が言った。その言葉に紅華は少しだけ笑いそうになって、あわてて顔をひきしめた。   ☆
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