第二章 一人だけの後宮

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広間には、多くの官吏が詰めていた。今日は、皇帝の御霊上げの儀式だ。  皇帝が身罷ってから一週間。これでようやく、亡くなった前皇帝、黎龍可は天に上る。  御霊上げ自体は晴明のみで行う儀式だが、その後にある新皇帝の宣言は公の式のため、紅華も貴妃と同等の扱いを受け皇帝の隣に席を用意されていた。  晴明の姿を待つ間、紅華は集まった人々を見るともなく眺める。 (あそこにいらっしゃるのが、陛下のご兄弟の方々ね)  官吏とは反対の位置に、白い喪服姿が何人か見える。おそらく前皇帝の妃や息子たちだろう。向こうからもちらちらとこちらを見ている視線を感じた。 (あら?)  紅華は、ふと気づく。 (天明様がいない?)  少し距離があってはっきりとは見えないし、あまり凝視することもできない。けれど紅華は、その中に天明の姿を見つけることができなかった。 (こういう式は苦手だとはおっしゃっていたけれど……もう式も始まるのに、どこをふらふらとしているのかしら)  しばらく待つと、大きな扉が開いて晴明が出てきた。その姿を見て、紅華は目を見開く。  身内の人々と同じく白い喪服に身を包み、表情を引き締めた晴明は普段の優しい態度からはかけ離れた凛々しさをまとっていた。  開いた扉から堂々とした態度で入ってきた晴明は、人々の前を横切って皇帝の席までの数段を上がると、渋い顔をしている紅華を見て微かに目を瞠った。それから、紅華にだけ見えるように、人差し指を小さく口元にあてていたずらっぽく笑う。紅華は、扇で顔をおおってその要求を了承したことを現した。  それを確認すると、晴明は広間に振り向いて声を張る。 「たった今、父上は天へとお上りになった。皆の者も、御苦労であった」  それを聞いて、官吏たちも神妙な顔つきになる。うなだれるものも多かった。その様子をゆっくりと見渡してから、晴明は重々しく続けた。 「しばらくは、我々もこの悲しみから逃れることはできないだろう。だが、その悲しみの中でも、我々は顔をあげ、この国を守っていかなくてはならない」  は、としたように、それぞれの官吏たちが晴明を見上げる。その視線を受け止めて、晴明はうなずいた。 「いまこそ我々は一つとなり、陽可国のためにつくそう。それこそが、父のため、そして国民のためとなる。新しく皇帝となった私に、どうか力を貸してほしい。そして、共にこの国を導いていこう」  朗々とした声に、官吏たちはほとんど無意識のうちに首を垂れた。それを見て、宰相も満足そうにうなずいている。  その姿には、皇帝として人を強くひきつける魅力が確かにあった。 (すごい……)  その姿からあふれ出る圧倒的な力に、無意識のうちに紅華は扇を握りしめながら視線をそらしてしまった。  だから、気付いた。  うなだれる官吏たちの中に、一人だけなぜかちらちらと視線を天井に向けている者がいることに。 (?)  つられて紅華も頭上を見上げる。紅華たちのいる玉座の上には、手の込んだ細工の施された大きな天蓋が飾られていた。  それが、なぜかゆらゆらと揺れている。 (どこから風が……)  考えて、紅華はどこの窓も開いていないことに気づいた。 「陛下!」
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