第二章 一人だけの後宮

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 素早く椅子から立ち上がった紅華は、上を気にしながら晴明に手を伸ばす。気づいた晴明も紅華の視線を追って天井を見上げた。  その瞬間、二人の視線の先でその天蓋ががくりと傾いて落下を始めた。とっさに晴明は紅華の手を引いて自分の胸に抱え込むと、横に飛びすさって倒れ込む。間一髪、二人のいた場所に、天蓋が落ちて派手な音を立てて破片が飛び散った。 「ぐっ!」 「陛下!?」 「陛下!!」  場が騒然とした。 「ご無事ですか?!」  そばに控えていた衛兵や宰相が晴明をとりかこむ。晴明は、両手を床について少し体を起こすと、自分の真下にいた紅華に声をかけた。 「大丈夫だ。紅華殿は?」 「私も、大丈夫です」 (近い……!)  体が密着した状態になった紅華は、すぐ目の前にある晴明の顔に、そんな場合ではないとわかっていても鼓動が跳ねる。全身に感じる体の重みは、苦しく思うほどではないが意外にずっしりとしていた。 「よかった」  そう言ってぎこちなく起き上る晴明を、ふ、と紅華は仰ぎ見た。晴明は厳しい顔であたりに集まった官吏たちを見回す。 「さわぐな。官吏たちは下がらせて、すぐにここを片付けろ」  紅華が立ち上がるのを助けてくれながら、晴明は次々に指示を出す。 「陛下はこちらへ」  宰相に連れられて晴明と一緒に歩きながら紅華が見ると、あれほど綺麗だった天蓋がばらばらになって落ちていた。幸い気づいてよけることができたが、直撃されていたらただではすまなかっただろう。今さらながらに背筋が冷たくなった。 「陛下、紅華様」  別室で控えていた睡蓮が、青い顔で走り寄ってきた。心配する睡蓮を連れて、四人は近くの一室に入る。 「陛下、お怪我は」  部屋に入ると、心配そうに宰相が聞いた。 「心配するな、翰林。俺だ」  晴明のふりをやめた天明が、大きく息を吐きながら長椅子に座る。それを聞いた宰相は、驚いたように紅華と睡蓮に視線を送る。睡蓮が無言でうなずくと、宰相は急に態度を変えて天明に向いた。 「お前か。今日は、晴明陛下ご本人のはずではなかったか?」 「あれだけ大勢の前に出るのは危険だろう。最近、多くなってきたからな」 「だったら、せめて私には変更のあったことを知らせておけ」 「まだ、俺たちの見分けがつかないのか」 「ついたら大変だろう。だいたい、前陛下でさえできなかったんだ。見分けのつくものなど、いるものか」 「そうでもないさ」  天明は、ちらり、と紅華を見た。それに気づかずに、宰相は部屋を出ようとする。 「すぐ、典医を呼ぶからおとなしくしてろ」 「必要ない」  宰相は、足をとめて振り向いた。 「だが」 「けがもないし、少し休めば大丈夫だ」 「……本当にいいのか?」 「ああ」 「では、ここで少し休むがいい。私は陛下のところに行ってくる。蔡貴妃様」  宰相は、紅華に向き直る。 「お騒がせをいたしました。落ち着いたようでしたら、よろしければお部屋まで送らせましょう」  紅華は天明の様子をうかがう。すました顔をしているが、その額には脂汗が浮かんでいた。 「わたくしも、もう少し休んでから戻ります」 「かしこまりました。睡蓮、蔡貴妃を頼んだぞ」 「はい」  そう言うと、宰相はもう一度天明の様子を一瞥してから部屋から出て行った。
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