第二章 一人だけの後宮

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「この陽可国において、皇帝陛下以上に守らなければならない大事な命なんてあるのか?」 「でも……」  紅華は、なぜだか泣きそうになってうつむいた。  天明の言うことに間違いはない。皇帝は、決して害されてはいけない存在だ。だが、だからと言って天明の命をおろそかにしていいとは、決して思えない。 「そんな風に言わないで……確かに皇帝陛下は誰よりも尊ばれる方ですが、天明様だって、代わりになる人は誰もいないんです。どんなに気に食わなくても、死んでしまっては喜べません。もっと、ご自分を大事になさってください」  短かくはない沈黙のあと、ああ、と小さく天明の声が聞こえた。 「やっぱり俺の事は、気に食わないのか」  しょげてしまった紅華に調子を狂わされたのか、なんとなく気まずそうな顔の天明がからかうような口調で言う。 「無礼な方だなとは思ってましたが、それに加えて自分勝手で能天気な方という印象が増えました」 「……本人を目の前にして、どっちが無礼だか」 「初日から失態をお見せしてしまったので、今さら天明様に取り繕うのは無駄だと思っております」  ふてくされながら言った紅華を見て、天明は声をあげて笑った。 「本当にお前は面白い奴だよ。……心配するな。犯人の目星はついているんだ。こっちだって、そうそうやられたままでいるわけじゃない」  その言葉で、紅華は思い出す。 「そう言えば……あの時、一人だけ、天井を気にされた方がいたのです」 「天井? あの場にか?」  天明の視線が鋭くなる。 「はい。ですから、私も気づきました」 「どんなやつだった?」 「官吏の方でした。お顔までは覚えておりませんが……左側のかなり前の方にいた方だったかと思います」  紅華も、天明から視線をはずさなければ気づかなかった位置に、その官吏はいた。  それを聞いて天明は考え込む。その姿を見ながら、紅華は気になっていたことを口にした。 「もしかして天明様は……」 「お待たせしました」  その時、扉があいて睡蓮と、もう一人老年の男性が入ってきた。 「陛下、お怪我をなされたとか」  心配そうに言ったのは、この宮城の典医だ。 「心配ない。少し、打っただけだ」  その瞬間から、天明はまた晴明になる。 「見た目に変わりがなくても、体内で傷つくことがあることもあります。少し、見せてくださいませ」 「しかたないな」  天明は、先ほど着た布をもう一度はだけ、あざになった部分を出した。典医はそれをあちらこちらから診察して、確かに打ち身だけだということを確認する。 「では、また明日伺います。無理に肩や腕を使いませんように」  貼り薬をぺたぺたと張りながら、典医が言った。 「わかった。ありがとう」  穏やかな笑顔で天明が言うと、典医は部屋を出て行った。 「晴明のとこに行ってくる」 「あ」  立ち上がった天明に、思わず紅華は声をあげた。けれど、それ以上なんと言えばいいのかわからない。 「……お大事になさいませ」  結局それだけ紅華が言うと、天明は微かに笑いながらひらひらと手を振って部屋を出て行った。 (天明様……) 「では、紅華様もお部屋に戻りましょう」 「ええ」  紅華は、くすぶった思いを抱えたまま立ち上がった。
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