第三章 牡丹の庭

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「紅華様、図書室の使用許可がおりましたわ。ご都合のよろしい時に、いつでもいらしてくださいという事です」  睡蓮が言ったのは、あれから二日が過ぎた午後だった。 「ずいぶん時間がかかったのね。手続きって難しいの?」 「いえ、妃様ご本人がいらっしゃるという事がめずらしいらしく……図書室の方でもどうしたらいいのか困っていたみたいです」 「あら、それは迷惑をかけてしまったわね。でも、後宮の妃様って、本、読まないの?」 「普通は女官などにまかせて、ご本人が行くことはありません」 「あ」  くすくすと笑いながら睡蓮に言われて、紅華は、失敗してしまったかと頬を染める。 「ということは、私もそうした方がいいのかしら」 「どちらでもよろしいですよ。でも、他の方がなさるからと言って、紅華様までその真似をすることはございません。どうか、お心のままにお過ごしください」  そう言った睡蓮の表情は、馬鹿にしているものではなかった。そのことに、ほ、とする。 (睡蓮がそう言ってくれるなら、私はこのままでいいのかな)  紅華は、少し考えて立ち上がる。 「今からでもいいかしら?」  天明が紅華を気に入ったというのは嘘ではないらしく、あれからもちょくちょくと紅華のもとにおとずれていた。怪我も思ったよりひどくはないとわかったので急いで外朝に行く必要もなくなったが、宮城には興味がある。 「もちろんでございます」 「外朝に行くなら、少し見てまわりたいの」  後宮は、いわゆる内朝と言われる宮城の奥に位置する。対して外朝は基本的には官吏が仕事をこなす場所だ。先日の魂上げの儀で紅華も訪れたが、その時はあまりゆっくり周りを見る時間がなかった。だが、その庭のつくりや壁の装飾など、紅華が気になるところはたくさんあった。 「あまりお邪魔にならないようでしたら大丈夫ですよ。では、まいりましょう」  紅華は支度を整えると、睡蓮と部屋を出た。  陽可国は、大陸一帯を治める広大な国だ。皇帝の権力は強く、もう五百年以上も内外問わず戦が起こっていない。  それを示すように、外朝の建物は繊細で豪奢なつくりをしており、そこここに名のある芸術家の絵や焼き物などが品よく飾ってある。そのどれもが足をとめてつい見入ってしまうほど素晴らしいものだった。  紅華は、のんびりとそれらを見て回っていく。通り過ぎる官吏たちは、すれ違うたびに会釈をして通って行った。 「なんだか慌ただしいわね」  目に入る官吏たちは、みんな忙しそうに行き来している。 「そうですね。今日はなにかあるのでしょうか」 「またにしようかしら。……あ」  最後の、あ、は、晴明の姿を見つけたからだ。なにか大事な会議でもあるのか、正装を着て凛とした様子で歩いて来る。紅華が気づいたのと同時に、晴明も気づいて笑顔になる。紅華は、手を組んで礼をとる。 「こんにちは、晴明陛下」 「ご無沙汰しているね、紅華殿。珍しいところで会うけど、どちらへ?」 「図書室を見せていただくのです。陛下は、今日は何かあるのですか?」  ちら、と晴明は連れ立っていた官吏を見た。 「今日は、諸侯が集まって、私の新皇帝としての初の謁見があるんだ。それまでまだ時間があるから、少し休憩しようと思ったところだよ。もしよかったら、少しお茶に付き合ってくれないかな」 「よろしいのですか?」 「もちろん。あちらの部屋にお茶の用意をしてもらったんだ。行こうか」 「はい、喜んで」 「では、私は用意を手伝ってまいります」  顔を伏せたまま言うと、睡蓮は足早に離れていった。晴明は、その背を、じ、と見送っている。紅華も、同じように睡蓮の背を見つめた。 (なぜなのかしら)
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