第三章 牡丹の庭

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「それ、本当?」 「はい。ただ、今までの後宮とあまりにもありようが違う話なので、いまだ議会では賛成を得られておりません。ですので、すでに次の妃嬪を、という話もでているようでございますが、それを知ってもおそらく陛下は了承しないでしょう」 「そうなの……」  だから、晴明には今まで妃が誰もいなかったのか。紅華は、ようやくその理由を知った。  もともと後宮とは、皇帝の血筋を残すために何人何十人もの寵姫を抱える場所だ。そこに一人だけ、とは、晴明も思い切ったものだ。  そう思うと同時に、晴明らしいな、と紅華は思う。紅華に対して、これから親しくなっていきたいと誠実に言った彼なら、何十人もの美妃を抱えて寵を競わせるより、一人だけを大事に愛していく方がずっと似合う。  つらつらと考えてきた紅華は、ふと気づいた。  ということは、紅華はそのたった一人の妃となるのだろうか。  あの晴明が、自分だけを優しく愛してくれる。 (どうしよう。それはちょっと嬉しいかも。……でも)  ふいに、晴明ではない人物が胸に浮かんで、慌てて紅華は首を振ってその姿を打ち消す。 (関係ないわ。私は……貴妃、なんですもの) 「本当に」  紅華が胸をドキドキさせていると、後ろから睡蓮の声が聞こえた。 「そのたった一人の妃様が紅華様で、良かったです。晴明様は幸せですね」 「そ、そうかしら?」  様々な思いが駆け巡って少しばかり混乱していた紅華は、その時の睡蓮の表情を見逃してしまった。   ☆ 「陛下の、おなりです」  声がかかって、広間にいた諸侯と官吏たちは、ざ、と頭を下げる。 (失敗……だったか)  男は、心の中で舌打ちをする。 (すり替えた毒入りを確かに口にしたと連絡が来たのに……運のよい方だ。まあいい。たとえ死なずに済んだとしても、あの薬は神経毒だ。しびれが残れば、一刻の間はろくにしゃべることもできまい)  まともな対応もできないと諸侯に広く知られれば、皇帝として不適格だと誰もが思うだろう。それだけでも、晴明を皇帝から引きずり下ろす要因にはなりえる。  頭を下げた先を皇帝が過ぎていく。力強い衣擦れの音に、男は、おや、と疑問を感じる。それは、とても毒に侵された人間の動きではない。 「黎晴明だ。この度、陽可国新皇帝として即位した。顔をあげよ」  凛とした声に、男は愕然とする。 (馬鹿な?!)  普段のなよなよしい影は欠片も見えず、そこには堂々とした陽可国の皇帝がいた。  晴明は、いつもそうだ。普段はいっそ気が弱いかと思うほどに穏やかな性格なのに、こういった正式の場で晴明の放つ威厳は、晴明反対派の自分でさえも自然と頭がたれるほどに神々しい。まるで、前龍可皇帝そのものに。 (くっ……しょせん、見掛け倒しにすぎん。普段の様子を知らん奴が騙されているだけだ)  男は、拳を握りしめた。 (……次こそは……)
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