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「か、からかうのはよしてください!」
「からかってなんかいない。本当の事を言ったまでだ」
くつくつと笑う天明に何と返したらいいのかわからず、紅華は天明が入れようとした湯呑みを奪って二人分のお茶を入れ始めた。
「へえ。手際がいいな」
紅華の手元を見ながら、天明が感心したように言った。
「家では普通にやっていたことですから」
なるべく天明の方を見ないようにして、紅華はお茶を入れることに専念した。頬が熱いのが自分でもわかる。
(もうっ。早く静まれ!)
すると、また扉を叩くものがある。
『陛下、失礼します』
「入れ」
言われて入ってきたのは、若い官吏だった。紅華の姿を見て、ぎょ、としたように足をとめる。
こちらも、ぎょ、とした紅華があわてて部屋をでようとすると、天明はやんわりとそれを止めた。
「せっかくの君との時間なのに、仕事の話ですまない。少しだけ、待っていておくれ、可愛い人」
歯の浮くような天明の言葉に、紅華は再び顔を真っ赤にする。
紅華にしてみれば、夜更けに男と二人でいるところを見つかった気まずさで動揺したが、相手が晴明なら自分たちは夫婦なのだ。正確にはまだ貴妃ではないのだが、宮城の人々はすでに紅華を貴妃として扱っている。
(大丈夫、おかしくない。夫婦なんですもの)
紅華が必死で自分に言い聞かせていると、その若い官吏も赤い顔で直立不動になった。
「お、お邪魔いたします!」
「構わないよ。頼んでおいた案件だね」
「はい。お急ぎとのことでしたので、夜分に失礼とは思いましたがお持ちしました」
「助かるよ。見せてもらえるかな?」
官吏から書類を受け取った天明は、厳しい目つきでそれをぱらぱらとめくる。その間、官吏は所在なさげに立っていたので、紅華はその官吏にもお茶をいれて笑顔で椅子を勧めた。
「どうぞ、掛けてください」
すると官吏は目を丸くして硬直した。
「いいいいいいいえええ! とんでもありません! 私は、ここで……」
「永福、せっかくだ。いただきなさい。貴妃のお茶はおいしいよ」
天明にもにこやかに言われた官吏は、あまり固辞するのもかえって失礼かと思ったらしく、そろそろと緊張した様子で椅子に腰かける。
天明がその官吏の正面に座って、質疑を始めると、彼は表情を改めて応えはじめた。真剣な表情で受け答えをするその様子を見ていると、どうやらその若い官吏はかなりの切れ者らしかった。
最後まで目を通した天明は、にこりと笑った。
「うん。よく調べてくれたね。無理を言って悪かった」
「とんでもありません。陛下のお役に立てて私も嬉しいです。いつでもお申し付けください」
「ありがとう」
そうして、紅華にも丁寧にお茶の礼を言って頭を下げると、その官吏は部屋を出て行った。
「陛下のお仕事など、わかるのですか?」
「まあね。俺は何でもできる男だから」
言いながら天明は、書類を読み続けている。ふざけた口調の割には、その目は真剣だ。紅華は、じ、とそんな天明を見つめる。
「やっぱり」
「何がだい?」
「天明様は」
紅華は、ずっと気になっていたことを今なら聞けると思った。
「晴明陛下の影武者なのですか?」
天明の手が止まった。短い沈黙の後、天明は、ふ、と笑う。
「ま、そんなもんだ」
「どうして、第二皇子が影武者など……」
「俺は、第二皇子なんかじゃない」
紅華の言葉を遮るように天明が言った。
「俺は、本来いないはずの人間だからな」
「どういうことですか?」
天明は、書類を卓の上におくと、暗い窓の外に目を向ける。
「俺の母親は、龍可陛下の貴妃だった」
「貴妃……? でも、前陛下の貴妃は……晴明様の……え?」
混乱する紅華に、天明は苦笑する。
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