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水蓮もその扉の向こうには紅華をいれたくないようだったが、それよりも晴明たちの方が気になるらしく、そ、と紅華のあとをついてきた。
「いいもなにも、すでに貴妃は決まってしまったんだ。いまさら帰ってくれとは言えないじゃないか!」
(私?)
詳しくはわからないが、自分のことが話に出ていると気づいて、紅華は足をとめる。
「じゃあ、睡蓮はどうするんだ? もういらないとでもいうのか?」
(睡蓮? どういうこと?)
ちらりと見ると、睡蓮も困惑に目を見開いていた。その顔は、真っ青だ。その腕をそっと支えて視線を戻せば、天明と晴明は、普段の様子からは想像もつかないくらいに緊迫した雰囲気の中にいた。今にもお互いに殴り合いそうな剣幕だ。
「ずっと……ずっとあいつはお前の事だけを」
「天明!」
めずらしく晴明が声を荒げる。
「僕だって、諦めてはいない!」
「じゃあなんでたった一人の妃に睡蓮を選ばなかったんだよ!」
「選んでいたさ! 皇帝になる前からずっと! 何度も朝議にかけていたじゃないか! だから、皇帝になるときに宰相と約束を」
天明は、がしがしと頭をかいた。
「紅華を後宮にいれることを条件に、次は睡蓮も後宮に、というあれだろ? 慌ただしい時だったとはいえ、晴明らしくもない失態だな。……宰相がそんな約束守ると思うか?」
ぐ、と晴明が唇をかむ。天明はその様子を苦々しい顔で見つめた。
「次にはきっと、こっちの令嬢をあっちの令嬢を、と、その条件をたてに次々に妃嬪が後宮に入ってくるんだ。立場上、睡蓮はそいつらの面倒を見なければならない。今だって、睡蓮がどんな気持ちで日々、お前の妻となる貴妃の世話をしているか考えたことあるのか?!」
「す、好きだと打ち明けることもできなかったお前に言われたくない! お前だって睡蓮を愛しているんだろ! だからあの時、彼女を奪うようなことを言って僕を挑発したんじゃないのか?!」
「……ああ、愛していたさ! でもそれは……!」
「睡蓮!」
愕然とその言葉を聞いていた紅華は、ふらりと倒れていく睡蓮を目の端に捕らえて思わず叫んでいた。
その声に、天明と晴明は、は、と我に返って振り返った。二人の目に、紅華に支えられた睡蓮が映る。
「紅華……様……」
真っ青な顔をしていた睡蓮は、それでも倒れることなく紅華を見つめる。その目には、涙がいっぱいにたまっていた。
「睡蓮……」
「ごめんなさいっ」
言うが早いか、身を翻して睡蓮は走り去る。
「待って!」
ちらり、と振り返ると、男二人は固まったように呆然と立ち尽くしている。その二人を置いて、紅華は睡蓮を追いかけた。
☆
「睡蓮!」
追いかけていくと睡蓮は、庭の池のほとりでたよりなく座り込んでいた。
「睡蓮、大丈夫?」
駆け寄ると、涙で濡れた顔でぼんやりと紅華を見上げる。
「すみません……私……私は……」
「いいから。まずは、落ち着いて」
紅華は、袖で睡蓮の頬をぬぐう。
「すみません……」
「謝ることなんて何もないわ。だからもう、泣かないで」
細い体を抱きしめて、紅華は睡蓮の背中を何度もさすった。そうしてしばらくいると、ようやく睡蓮は落ち着いてきた。
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