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すべてが、紅華ではなく蔡家として話が進む。この時代、娘の立場はそういうものだと理解はしているが、欄悠に出会って知ってしまった。
愛する幸せを。愛される喜びを。
結婚とは、そんな幸せな日々が続いていくものだと思っていた。自分は、一生を仲睦まじく暮らしていける最愛の人と、幸せな結婚ができると思っていたのに。
結局、紅華の結婚は自分の意思とは関係ないものになってしまった。しかも、相手は自分の親と同じ歳ときた。どんなに見事な車に乗っても憧れていた晴れ着を着ていても、心は憂鬱なままだった。
(終わったわ。私の人生)
紅華がぐちぐちとふてくされていると、急に車がとまった。
「どうしたのかしら」
「ちょっと見てまいりますわね」
車内に同乗していた侍女が、外へと出て行く。しばらくして、侍女ではなく数人の男性が紅華の馬車へとやってきた。紅華の姿を見つけると、全員その場に膝をついて礼をとる。
「蔡紅華様であらせられますね」
服装からしてどうやら官吏らしい男たちの顔にも、紅華以上の困惑の色が浮かんでいた。
「この度は、ご入宮、まことにお喜び申し上げます。ですが……」
「何かあったのですか?」
紅華が聞くと、その官吏はあたりをうかがいながら低い声で言った。
「実は、先ほど……皇帝が崩御されました」
「……は?!」
☆
「お、あの車じゃないか?」
長いこと窓に張り付いていた天明が、何かを見つけて開いた窓から大きく身を乗り出した。
「天明、あまり顔を出すな。落ちるぞ」
言いながら晴明も、席を立って窓際に近づく。
今まさに宮城へと近づいて来るその車は、黒塗りに金の模様が施された手のかかったものだ。おそらく搭乗者の嫁入りのために、新しく新調されたものだろう。その後ろにも、おそらく嫁入り道具を運んでいるに違いない何台もの車が連なっている。
だが、本来それを迎える官吏や侍従の姿はほとんど見えない。
「さすが、蔡家だね。見事な車だ」
「本当ならもっとにぎやかにむかえるものなんだろうけど、父上も間の悪い時に死んじまったもんだよなあ。かわいそうに。どんなお嬢さんなんだろう」
「蔡家の一人娘、紅華……まだ十六歳じゃないか。よもや、こんなことになるなんて、彼女も思ってもいなかっただろうに」
晴明は、近づいて来る車を見て複雑な表情でつぶやいた。それを見て天明は、く、と笑った。
「もしかしたら、玉の輿に浮かれているかもしれないぜ?」
「不安でたまらずに泣いているかもしれない」
「心細いのはお互い様だな、晴明?」
「……私は」
「どんと構えていろよ。なんてったってお前は、陽可国新皇帝なんだから」
天明の言葉に、大きなため息をついて晴明は、窓の枠に体を預けた。
「皇帝か。皇太子とは立場が違う。妃はいらない、はもう通じない、か」
「二十四歳で妃が一人もいないなんて、ってずっとぶちぶち言われてたもんな、お前」
「さすがにこうなったら、宰相の条件を飲むしかないだろう」
それを聞いて、天明が低い声で言った。
「お前、本当にいいのか?」
無言で晴明が天明に目を向ける。心のうちを見透かすような天明の視線に、晴明の表情が歪んだ。容赦なく、天明が続ける。
「お前がそんなあやふやな態度しか取れないなら、俺がもらうぞ」
晴明が口を開こうとした時、部屋の外から晴明を呼ぶ声が聞こえた。結局、晴明は何を言う事もなく視線をそらす。そんな様子に、天明は肩をすくめて明るく言った。
「さて、ご対面といこうか?」
「そうだね」
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