お堀からラブソング

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 共働きで、お互いフルタイム。子どもが出来た時は、育児は折半してやっていこうと話をした。でも今のところ、うまくいっているとは言い難い。僕は出張が多く、保育園の送り迎えは妻任せだ。……いや、はじまりはそこではないのは分かっている。  赤ん坊をどう扱っていいか分からなかった。案外鋭い爪で手を引っかかれてうめいたら、「伸びてるみたいだから切って」と小さいはさみを渡された。こんなおもちゃみたいな、紙より薄い小さな爪を、どこからどう切るんだろうと手が止まった。大きなため息とともに、「もういい」と言われた。全部そんな調子だ。僕の後に子供ができた後輩が、さくっと育休を上司に申請していて、うちの会社も取れるのかと初めて知った。制度は知っていたが、男で取るなんてと思っていた。  妻も、娘も、そこにいるのに、二人はどんどん遠く、どんどん知らない人に組み変わっていってしまう。いや違う。娘の輪郭は最初からとらえられていない。それを妻は「その気がないから」と言うのだった。否定はできないけれど、肯定したくもない。でも、実際妻の言う通りなのかもしれない。育休中、堪忍袋の緒が切れた妻に言われた。 「いつまでも新人バイトのつもりでいないでよ」  そんなつもりはなかったけれど、乳と肉の関わりの中に入り込めない、入り込もうとして尻込みしているのは事実だった。
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