お堀からラブソング

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 ばしゃん  お堀から思いの外大きな音がするので振り向くと、街灯の光だけでも判別できるほどの大きな魚が、水面近くを泳いでいるのが分かった。ぞくぞくした。ここの魚を捕ってはいけないことになっているし、第一釣り竿も持っていないけれど、どれくらいの大物だろう。これだけ大きいということは、きっとこの鱗の持ち主に違いない。水面を凝視していると、何か丸いものが浮き上がって来た。それはもやもやと広がる海藻のようなものを一緒に水面に押し上げた。  ……人? こんな時間に?  僕は水面が揺らいだあたりを目を凝らして見てみたが、一度盛り上がった水面はすっと平らになり、その後しばらく待ってみても、風を受けて表面が細かく靡く他は平らかなままだった。闇に沈んだ柱時計は午後九時を指していた。「帰って来るのが遅すぎる」と怒る妻の顔が浮かんで、僕はお堀を後にした。  それでも一次会で引き上げることにした。一次会は会社から補助が出るけど、二次会は全額実費だからとか、今日はまだ木曜日で、明日も仕事があるからとか、今月の成績がイマイチだから上司に絡まれるだろうとか、色々理由はあったけれど、本当はお堀のことが気になったのだ。  繁華街からどんどん北へ、北へ。光る看板の数が減り、車の赤いテールランプがまばらになり、自分の足音の軽いざりざりという音が段々大きく感じられる。湯気の立っていそうな熱い頭が、人気のない城下のしんとした空気に冷やされていく。日中晴れて暖かかったせいか、昨日より少しだけ魚のにおいが濃い。僕は、地下鉄の駅に向かう分かれ道を逸れてさらに堀沿いの歩道を歩き、東屋風のベンチに座った。十分ほど待っただろうか。昨日とほぼ同じ場所の水面がすうっと盛り上がった。白金色の冴え冴えとした肌に、淡緑色の目。人魚だった。彼女の髪は月の光を受けてキラキラと光って、美しかった。
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