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いつもそうだ。期待するのも追いかけるのも私ばかり。彼が負う傷と私が抱える傷はあまりにも違いすぎて、その埋まりきらない溝に何度振り回されてきたことか。
いっそのこと、告げてしまおうか。私のこの葛藤も痛みもすべて伝えてしまおうか。私はあなたが思う以上に汚くて、最低で、未練がましくて、あなたからの好意を憎しみで返すような恩知らずの女だと。あなたのその無垢な愛情が、私の人生にどんな影響を与えたのかも。
でも、きっと彼のことだから、すべてを知ってもなお、私を軽蔑しないのだろう。捨てられた子犬のように悲しい目で「ごめん」と言うのだろう。彼は私と違って強いから、憎しみも怒りもすべてを受け入れて、受け流せてしまうのだ。本当に恐ろしい人を好きになってしまった。
「……仕事は行かなくても大丈夫なの?」
玄関で水色のミュールを履きながら、背後に立つ和樹に尋ねる。
どこに住んでるの? 仕事はどんな感じなの? 今までどうしてたの? 訊くべきことはもっと別にあるだろうに、出てきたのはそれだけだった。私はいつも訊くべきことを訊けない。
彼と交際していた時だって、なぜ私のことを好きになったのか、私のどこに魅力を感じたのか、本当は訊きたかった。
「今日は打ち合わせが夕方にあるだけだから大丈夫。準備もそうたくさんあるわけじゃないし。久しぶりにあちこち走り回らなくて済むから、少しのんびりしたいと思ってるんだ」
「……これから、どうするの」
「そうだね。適当にそこら辺のカフェで時間をつぶそうかな」
和樹の言葉は淡々としていた。彼のこういうところが私を追い詰める。私の身を案じるし、想ってくれるし、大切にもしてくれる。
でも、依存は決してしない。交友関係が薄く狭い私とは違い、彼にはたくさんの友人がいる。彼に惹かれる女性も多くいる。彼は私以外の女の人を好きになれるし、結婚もできるのに、私はそうじゃないのだ。
私は彼を捨てられないのに、彼はその気になれば私を捨てられるのだ。
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