怖がりなひと

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 そう気づいた瞬間、くらりとめまいがして、心のすみでなにかが切れる音がした。彼に背を向ける。 「打ち合わせまでうちにいていいよ」 「え、いいの? でも俺、美由んちの鍵持ってないよ」 「オートロックだから大丈夫。ただ……もう、二度と来ないでね。迷惑なの」  早口でそう言うと、彼の返事を待たずに外へと出た。背後で自動ロックの鈍い音を聞きながら、エレベーターへ向かう。  どうして、あんなことを言ったんだ。きっと今の私の顔は、化粧でごまかせないほど青ざめている。  私がマンションに帰るころには、もう彼はいないだろう。そう思うと、少しだけ救われた気分にもなった。今日はもう、彼に会うことはないのだ。今日だけじゃない。きっと二度と会うことはないだろう。彼はいつだって私の言葉を尊重するのだから。  それと同時に、自分に嫌気がさす。こうやって、また私は逃げるのだ。そして、彼は追ってこない。三年前と同じだ。私はなにも変われないまま時間を浪費し、心を疲弊させていく。彼はなにも知らないまま、私を想い続ける。  終わらせたい。奇跡でも偶然でもいいから、この停滞した時間を動かすきっかけがほしい。  マンションの内廊下は静かで、他に住人がいるのか疑わしいほどだった。淡いシルバーの白熱灯が、私を冷たく照らす。防音仕様のカーペットが足音をすべて吸い込み、この空間に私さえもいないように錯覚させていた。  エレベーターのボタンを押し、到着するのを待つ。部屋にいる和樹のことを忘れようとするほど、彼の笑みも声も色濃く私の中に広がり続けていた。  彼にもっと会いたいのに、会いたくない。彼に触れたいのに、触れられたくない。愛してほしいのに、愛せない。ゆるしたいのに、ゆるせない。  こんな葛藤も、もう今日で終わりだ。  ああ、そうだ。私が、終わらせてしまった。
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