4人が本棚に入れています
本棚に追加
「焦げちゃうよ」
ふと横から手が伸びてきて、コンロの火を消した。前髪がぬれている和樹は、卵を二つ無駄にしようとしていた私を咎めずに、無言で皿へと移し替えた。
オーブントースターに入れっぱなしだった三枚の食パンを取り出した彼は、嬉しさと困惑の混じった笑みを浮かべた。
「俺の分まで作ってくれてたんだ。ありがとう」
「……私ひとりで食べるとは思わなかったの?」
「だって、美由はこんなに食べられないじゃん。六枚切りの食パンだって一枚食べるのがやっとだったのにさ」
「……」
「あと、俺がどんなに疲れてても、十時までには起きることも覚えていてくれたんでしょ?」
その言葉に軽く動揺してしまう。私が少食だということを彼は覚えていた。私の体が彼の起床時間を覚えていたように。別れてから三年も経つのに、彼の中の私は死んでいないようだった。
動揺を悟られたくなくて、冷蔵庫から苺ジャムとケチャップを取り出す。
初めてこの部屋を訪れた和樹は、フォークとマグカップを探し出すのに苦労しているようだった。私が小さな声で場所を教えると、はにかみながら二人分をテーブルにそろえていく。
コーヒーを入れるのが面倒になった私は、冷たい牛乳を二つのマグカップに注いだ。ふと、和樹はあまり牛乳が好きではなかったことを思い出す。先に着席していた彼をそっと盗み見るが、自分に牛乳が出されたことを気にしている様子はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!