怖がりなひと

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 三年前、雪の降らない冬の日に私が別れを言い出した時も、和樹は決して引き止めることもけなすこともしなかった。 「他に好きな人ができたの」。別れるために最低で確実な嘘を吐き出した私を、彼は責めなかった。酷く傷ついた目をしていたのに、私が立ち去るまで恨み言の一つも言わなかった。  責めてほしかった。私を蔑んでほしかった。醜い一面をさらけ出してほしかった。なのに、和樹は最後の最後まで私の思いを尊重したのだ。その時になって初めて、彼が真剣に私を愛していることを知ってしまった。私が彼の愛を受け取るに足らない人間だということも。  昨夜、残業帰りの道で偶然再会した和樹は、あこがれていた夢を現実に変え、成功の道を確かに歩んでいた。ますます遠い存在となった彼は、私の仕事が明日休みだと知ると、部屋に行ってもいいかと、やっぱり控えめに尋ねてきた。突然の再会に軽くパニックになっていた私は、思わずうなずいていた。  部屋へあげた時も、彼は昔のことは掘り返さず、穏やかに私の身を案じていた。「隣で寝てもいいかな」。一歩後ろにひいて許可をとる彼の目には下心なんてなくて、私が今まで出会ってきた男性とも女性とも違う清廉さに背筋があわだった。  彼と出会ってから、自分の感情は自分でコントロールできないことを知った。どうして隣で眠ることを許したのか、自分でもわからない。彼が隣にいれば、おだやかな眠りなんてどこにもないことくらいわかりきっていたのに。  和樹は邪魔にならないようにと、ベッドの隅で眠っていた。私と一緒にいたいけれど、傷つけたくはないという優しさを感じて息苦しくなった。
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