怖がりなひと

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「たまには牛乳もいいね」  気まずい沈黙を壊すように、和樹はマグカップに口をつける。上唇についた白い液体を舌でぬぐうしぐさが色っぽい。私を安心させるように笑う和樹とは対照的に、とにかく泣きたくなった。 「美由はその……今恋人とかいるの?」 「……今はいないよ」  にじりよるような問いかけに、私はかすれた答えを返す。昨夜見たものと同じ、ほっとした目じりに合わせて、私もぎこちなくほほ笑む。今だけじゃない。昔も、きっとこれからも和樹以外の恋人なんてできない。その事実がかつての私も、そして今の私も追い詰めて締めあげてくる。  なにも塗っていない食パンと固くなった目玉焼きを完食した和樹は、窓の外をぼんやりと見つめていた。その横顔がきれいで、まだ彼に未練のある自分に嫌気が差した。  性格にも人間関係にも歩んできた人生にさえ、責められる部分のない彼の唯一の欠点は、自分が人より完璧に近い存在だという自覚がないところだった。だから、誰かを見下すことも憐れむこともしない。  和樹と同じくらい精神的にも社会的にも強い人間なら、彼の光に焼かれてもだえることもないだろう。だが、私のようにちっぽけな日陰の虫に、その光は猛毒よりも残酷なものだった。  もし、私が今ここではっきりと和樹を拒絶したなら、彼は三年前と同じように私を一切責めずに離れていくだろう。そう思うと、また苦しくなって、喉がきりきりと痛み始めた。
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