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彼の雰囲気から察するに、まだ言いたいことがたくさんあるのがわかる。でも、私に負担がかからないように沈黙を保つその配慮が、私の心を疲弊させていく。
もし、その言葉を三年前のあの日に聞けたのなら。彼が交際している最中に、ひとかけらでも思いをぶつけてくれたら。こんなにもみじめな感情を持つことはなかったのだろうか。
水の音が止まる。てっきり泣いてしまうかと思っていたが、まぶたはからからに乾いていた。
「……準備してくるね」
台ふきんを置き、できるだけ和樹を見ないように洗面所へ向かう。
最低限の化粧品が並んだ洗面台には、当たり前だが彼の私物は置かれていない。もし、私が彼の来訪をこれからも許したら、ここに少しずつ彼の存在が刻まれていくのだろうか。
震える手でメイクを顔に施していく。ちょっと外に出るだけだから、薄いメイクで問題ない。なのに、キッチンに和樹がいると思うと、いつもより丁寧にアイラインをひいていた。
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