38人が本棚に入れています
本棚に追加
4
「紙芝居ですか?動画じゃなくて?」
「だから、ゴミの減量とリサイクルの啓発用の紙芝居。
動画じゃないのは、子どもの前で人が演じる、極めてハイタッチなコミュニケーションを目指しているからで…」
「ハイタッチって、ボウリングでストライクが出た時、両手でやる、あれですか?それとも営業用語のハイタッチ・セールス?」
「ハイテクに対するハイタッチ。極めて高度に人間的なふれあい」
「ハイテク?」
「ハイ・テクノロジー、ま、昔の言葉だな」
「なぜ、そんな古い言葉知ってるんです?」
「俺たちは言葉で仕事をしてるから、言葉は知ってるほど仕事はやりやすい。それに、発注側の意思決定者は年長者が多いから、そのひとたちの知ってる言葉で話すほうがスムースに進むことも多い」
「大工と話すときは大工の言葉で?」
「まあ、それだな。でも限界はあるけどね。
何年か前、昔からやってる蒸籠メーカーのカタログ作りで、打ち合わせにいった時の話。受付にいたのは七十を越えたおばあさんで、社長に取次を頼んだら、ルーペで名刺をみて、聞くんだ。
コピーライターとはなにかって。
だからCMとかチラシの文案を考えて、編集してって、うんざりするくらい説明してようやく、わかった、と言ってくれたときは正直ホッとした。
そのとき、おばあさんが社内放送でなんて言ったと思う?」
「さあ」
「社長、看板屋さんが来たよー」
ふたりで声を合わせて大きく笑った。
りんちゃんが事務所の向こうで、勢いよく振り向いた。
奇跡だ!ネコとネズミが笑ってる。
大きくまばたきをしていた。
「で、紙芝居なんだが」
「ケーハツ?ケーモー?キョーイク?」
「二案出すのよ。わたしがストーリーを構成するから、りんちゃんがラフ描いて、プレゼン。京子さんは今月忙しいから、イラストは外注する」
「どんなストーリー?」
「まず一案目。先方の意向に沿ったお話なんだけどね。
ゴミから生まれた怪獣が街中を破壊してまわる。そこで、子どもたちがゴミを集めて、リサイクルして、怪獣のエネルギー源を奪って、怪獣退治。めでたし、めでたし。
だから、みんなでゴミを減らして、リサイクルを推進しよう!みたいな」
美遥は、なんとかため息をおしとどめた。
「それってさ、問題意識持たないやつだけが考えつく、単純なお説教話じゃない?もっと、感覚に訴える話じゃなきゃケーモーにならないでしょ」
「よかった、りんちゃんがまともな感覚の持ち主で」
「やる気なさそうに。
怪獣出すなら、正義のヒーロー出してさ、ガンガン怪獣叩きのめす話にしたほうがいいよ。怪獣が血ヘドはいて、ボロボロに打ちのめされて、命乞してもヒーローは攻撃止めなくて、腕もいで、足もいで、血みどろで、生々しく眼をえぐられて苦しむ怪獣の表情アップにして。怪獣に同情したくなるような話。それなら感覚に訴えると思うけど」
「それ、採用されると思う?」
「ムリムリ。税金使うんでしょ。
で、もうひとつは?」
ゴミに埋もれ、枯渇した世界に生きる少女ミーカと少年コー。
たくさんのリサイクル・マシンが懸命に世界を再生させようとするが、リサイクルした資源は、略奪者が浪費して、新たなゴミを生み出す。
ミーカは植物を育て、生まれつき身体が弱いコーの世話をする。コーは略奪者に破壊されたリサイクル・マシンを修理する。
ようやく、ミーカの育てる小さな樹に果実が実り、その実を食べて、少しずつコーは元気になる。
しかし、樹は略奪者に見つかり、切り倒され、焼かれ、果実は奪われてしまう。
泣きじゃくるミーカに、コーは、略奪の間ずっと握りしめていた手を開き、果実の種子を見せる。
希望は奪えない。
「推しはこっちだな」りんちゃんが言った。「採用されると思う?」
「どうかな、ケーモーで押し切れる、つよさがないかな」
「二案目を推そう。あたしはこっちに賭ける」
「うん。だけど怪獣案も手は抜かない」
りんちゃんが、美遥をじっと見つめた。
「怪獣もさ、望んで怪獣に生まれたわけじゃないだろね」
りんちゃんがゆっくり紅茶を飲み干した。
「あたしたち、なにやってんだろ」
やっぱり気が進まないか。
「こっちは理想を託すことしかできないのよ」
「希望は奪えない?」
「それがあるだけ、わたしたちは幸運。でしょ?」
最初のコメントを投稿しよう!